1.童実野学園
童実野学園。
その学園には昼間部(デイ・クラス)と、夜間部(ナイト・クラス)に分かれていて、互いの寮は決して入ることを許されない。夜間部に居る者たちの本当の姿を知られてはならないのだから…。
この世の中で、立って歩いて喋って笑って、ボクたち人のように知恵や知識を持っているのは、ボクたち人間だけだと思う?
だったらそれは、浅はかな知識でしかないんだ。
ボクは知ってる。
人以上の者達が居ることを…
「遊戯ー!!!」
うっすらと太陽が上って来た頃、城之内克也はルームメイトである武藤遊戯の名を呼んだ。時刻は午前5時。起きるにしてはまだ早い時間だ。
「遊戯、起きろってば!」
「んー…今日の夜間見回りは海馬君だよ…」
今日の休みを存分に味わいたいのか、遊戯は布団の中で丸まっている。
城之内は今の状況に対してため息をついた。
「じゃあただの見回りで海馬とバクラが戦ってるのはいつものことなのか?」
「えっ?!」
ばさっと毛布をはがして遊戯は窓の方へと駆け寄った。そこから見えたのは激しく戦っている姿が見える。喧嘩にしては激しい戦闘が繰り広げられていた。
(あちゃ…なぁにこれ。これじゃみんなにばれちゃうじゃん)
城之内は戦っている二人を見て、あまりの迫力に感動していた。遊戯はそんな城之内を見てどうしようかと首を捻っている。
(置いていく訳にも…)
「仕方ない…城之内君!二人を止めに行こう!」
「おう!」
興奮してかやる気満々の城之内君とは裏腹に、遊戯は心の中で謝罪した。
(明日には記憶に無いんだけどね)
「前からきにいらねぇんだよ。済ました顔しやがって」
「それはこちらの台詞だ。闇のためを思うならもう少し態度を改めたらどうだ」
今の戦況としては五分五分だった。海馬瀬人は獏良零たちにとって最大の武器とも言えるブラッディーローズ(血薔薇の銃)を持ち、獏良の放つ鋭く尖った氷のナイフを避けている。
「生き血を啜る獣がッ…」
標準を合わせる海馬に獏良はニヤリと笑った。
「いつまでそう言ってられるかねぇ」
「はいはいはいはい!ストップー!!」
大きな声が二人の間に入ってくる。辺りに響いたが、幸いここは理事長室やその関係の部屋なので寮部屋から遠いほうだ。
「ちっ、なんか出てきやがったぜ」
獏良はバックステップで後ろに下がると遊戯と城之内を見た。城之内は辺りの光景を見て何が何だと言った感じである。木には燃えた後やら、氷に覆われた地面などがあり、獏良と海馬を交互に見ていた。
「な、何やってんだよ…。バクラは魔法使いだったのか?海馬は人に銃を向けるなよ…」
一般人より柔軟な頭かもしれない。城之内はとりあえず喧嘩の仲裁に入る。
「と、とりあえず。もうやめろよな?」
校則にもあるようにこの学園での暴力沙汰は禁止されている。特に校内では以ての外だ。
「城之内君の言うとおりだ。お互い・・・無益なことは止めにしよう…」
ふと背後から声がした。
「うわぁ、いきなり来るからびっくりしたぁ…」
城之内は遊戯の後ろにとっさに隠れる。
「闇先輩…」
闇は足音も無く遊戯たちの後ろから現れた。遊戯を鏡に映したかのような容姿とは反対に雰囲気はまるで違う。落ち着きを払った姿勢にどこか妖艶さえ垣間見ることが出来る。
「・・・」
「こいつが仕掛けてきた。もう少しルールを守ってもらいたいものだ」
「海馬君そんな言い方・・・」
「いいんだ。海馬の言っていることは正しい。厳しく処分しよう」
さっと手を挙げ動かすと獏良は去っていった。海馬はその様子をみてやっと銃をしまう。遊戯もほっと息を吐いて緊張を解いた。城之内だけ置いてきぼりにされた様子で三人の顔を交互に見ている。
「何、なんだよ!お前らだけわかったよーな顔でさ」
「城之内君・・・ごめん」
遊戯が申し訳なさそうに謝る。
「どうしたんだ?」
「城之内君」
闇が名前を呼ぶと反射的に振り返った。
「規則だからな」
すっと目を細めると赤い瞳が怪しく光ったかのように見えた。すると突然城之内の身体に力が抜け傾いた。
「あっ!」
パシッと海馬が腕を掴む。倒れ掛かっていた城之内の体が不安定ながらも支えられた。
「どういうつもりだ?」
「支えると思ったのさ。・・・ではな」
「あの!」
去ろうとした瞬間、遊戯が呼び止めた。
「あ、ありがとうございますっ!」
「気にするな、おやすみ・・・」
影のように消えてしまった闇をただ遊戯は見つめているだけだった。
高らかに始業のベルが鳴り響く。
「おっはよう!」
「おはよう・・・」
元気よく挨拶を交わす城之内は遊戯の様子に首を傾げる。
「なんだよ、寝不足か?」
「まぁね」
(なんか、覚えてないってのも空しいような複雑・・・)
昨日の件に関して城之内の記憶から抹消したのは闇だ。あの一瞬、彼が目を細めた瞬間にはあのことはすべて消されてしまう。
「風紀委員なんてやってるからじゃねぇ?理事長任命じゃしかたねぇけどよ」
「あはは・・・」
ただの風紀委員ならどんだけいいんだろうなんて思いながら遊戯は笑ってごまかした。
委員だけは理事長が任命する。
童実野学園では決まっている規則で、誰も彼もが風紀委員になることはできない。もちろん他の委員もそうであり、理事長の独断で委員が決められる。
(他の委員は適当に選んでたりするのが怖いよね)
実は、この風紀委員という委員を理事長の独断で決めるためだけに作られたルールだ。
風紀委員それは仮の姿であり、本当の目的はガーディアンである。
「理事長!昨日の件聞きましたか!」
「おぉ、遊戯!」
寝不足で少しイライラしている遊戯を気にすることなく、理事長・・・もとい遊戯の養父である武藤双六は遊戯に抱きつこうとした。
「ボクの話聞いてる?!」
サッとよける遊戯に寂しそうな顔をする双六。後から入ってきた海馬がいつものようにため息をついた。
「昨日の件は聞いとるよ、バクラ君が仕掛けたんじゃろ」
「で、どうなったの。処分」
「さて、闇君に任せてあるからのぅ」
にっこりと答える双六に遊戯もため息をついた。
(そりゃあ、闇先輩に任せてるなら大丈夫だと思うけど、責任者が知らないってのはどういうことだよ・・・じいちゃん)
「それにだ」
海馬が前に出て腕を組んだ。遊戯はもっと言ってやれとでもいう風に海馬に視線を送っている。
「あいつらが寮から出るたびにオレ達が女子を抑えるのは道理が成っていない。アイドルの護衛役などオレの仕事ではないわ。遊戯は役に立たんしな」
「うぅ」
最後に釘を刺されて遊戯は視線を外す。
童実野学園の規則に「互いの寮への立ち入りは禁止する」とあるように、まかり間違っても破ってはならない。
しかし、ナイト・クラス・・・いや美形集団である彼らに会いに、それならば、とデイ・クラスの女子が寮前で一目見ようと待ち構えているのが現状だ。且つ、その時間はデイ・クラスは寮の門限時間と重なり、寮に返す仕事もこの風紀委員がまかなっている。
「お前達にしか任せられないんじゃよ。わかっておくれ」
「ふぅん」
「それにキミには仕事することも許したじゃろ?」
双六がにっこりと笑うと海馬は不快そうにその場を去った。海馬は学生の身でありながら会社を起こし仕事をしている。
「じいちゃんに勝てそうに無いね」
海馬の後姿を見ながら遊戯が呟いた。これがいつもの光景なので微笑ましいといった感じだ。
「それなりに生きてるからのぅ」
「あはは、じいちゃんらしいや」
それなりじゃないでしょ・・・と心の中で思いつつも乾いた笑いで誤魔化して遊戯も部屋を後にした。双六と遊戯、そして海馬は共に幼少の頃から一緒に暮らしてきた家族である。遊戯は双六の養子になったが、海馬は決してそれを受け入れなかった。
「海馬君はそうじゃなくても彼ら"が好きじゃないってのに・・・」
海馬が双六の元へ来た理由。
それはナイト・クラスの一族、ヴァンパイアに家族を殺されたからなのだ。
「デイ・クラスの人は寮内に戻ってください!!」
遊戯の叫び声がナイト・クラスの月の寮の前で響いた。そこのは大勢の女子が今か今かとナイト・クラスの生徒を待っている。
「人目みるくらいいいじゃない!」
「そうよねー」
一向に聞く耳を持たないのが現状である。この時ほど彼らがかっこよく美しいことに不満を持ったことはない。
(海馬君はどこに言ったんだー)
先に出たはずの海馬の姿が見えない。そんなことを思っているうちに、月の寮の門が開いた。ここが一番の頑張り時でもある。
「きゃー!マリク様ー!」
「バクラ様ぁー!」
門が開くと一斉に女子が動いた。
「こら!ダメだってば!」
遊戯がとめるのも空しく、逆に追い出される結果となった。これもいつものことである。
「もう・・・こんなのとめられないよ・・・」
「遊戯」
どうしようもないと落ち込んでいると闇から声が掛けられた。
「闇先輩?!」
「いつもすまない・・・」
闇はそっと頬に手をやると悲しそうな顔をした。
「ボク、これが仕事ですからっ!」
「そんなに畏まらなくていい。出会った頃のように・・・」
「いえ!あの、闇先輩は命の恩人ですから!」
顔を真っ赤にして遊戯は答えた。闇は少し曇った表情で遊戯を見ている。遊戯はハッと背中から痛いほど視線を感じると、その場を離れようとしたが闇は離さなかった。
「寂しいな・・・それは・・・」
「闇遊戯、ホームルームに遅刻するぞ」
すっと二人の間に入るように海馬が入ってきた。突然出てきた海馬に遊戯は驚きを隠せない。
「い、今まで何してたの?!」
「仕事だ」
闇はパッと手を放す。僅かに笑みを施しているが、雰囲気がさっきとは明らかに違う。
「そうだな・・・。せめて先輩くらいつけてくれよ・・・。海馬瀬人」
「今後善処する」
「ではな、遊戯・・・」
「あ、はい!」
遊戯が礼儀正しくお辞儀すると闇は去っていった。その後姿をボーっと見ている遊戯に海馬が呟いた。
「遊戯、わかっているんだろう」
その言葉にムッと表情を曇らせる。
「分かってるよ。あの人たちが僕達とは違うってのは・・・」
遊戯は闇に密かな恋心を抱いていた。
出会ったあの日、彼に命を救われた日から。
タスケテ
「お前の血を吸えば・・・オレも・・・」
ナニ、タスケテ、バケモノガイル
「お前の血おいしいんだろうな!!」
コロサレル!
「貴様らが居るから我が種族が汚らわしい存在と思われるのだ・・・」
ザシュッ・・・
「ぐわぁああああああああ!!!!!!!!!」
男の叫びが辺りに響く。その倒れている男を冷ややかな目で見つめていたのが闇遊戯だった。鋭い爪から男の血であろう赤い液体が滴っていた。その血を何事も無くなめ取ると、彼は遊戯に向かった。
・・・コロサレル・・・?
「大丈夫だ・・・もう怖くない・・・」
闇はそっと手を差し出した。遊戯の瞳に何が映っていたのかはわからない。
差し出された手がその男を殺した手であっても、遊戯は不思議とその手を掴んだ。
それが闇との出会い。
(その後じいちゃんの元に連れてかれて今のボクがあるんだ。闇先輩に感謝してもしきれないくらいだよ)
しかし、彼は自分と違うヴァンパイアでもある。夜に生きる彼らと共に歩むことは出来ない。
(海馬君が毛嫌いするのも分かるけどさ・・・)
複雑だ・・・なんて考えているともうとっくに他の生徒は教室に戻っていた。海馬もすでにその場に居なくて、遊戯は一言声を掛けてくれればいいのにと思いつつその場を後にするのだった。
コメント
作品のご紹介編のような感じですね。
闇さまはどちらかというと魔王様のイメージで書いています。