青春遊戯
心は一つ。
だけど心に巡る思いは一つじゃない。
たくさんの思いの中でボクは思い達に飲み込まれ、そして渦の真ん中で静かに立ち止まる。
足のつかない真ん中でただ思いに囲まれて。
どうしたらいいんだろう。
そんな気持ちが心のなかをぐるぐる回る。
不安だ。
夏真っ盛りのこの季節、ボクたち学生にとっては苦の時期。期末テストたるものが後一週間と迫っていた。ボクは当然のごとく授業の一部を寝て過ごしているから、所々ノートに穴があって自分の字のはずなのに理解できない言葉がいくつか存在した。例え蝉が五月蝿く鳴いたってボクの睡魔の邪魔はできないみたいだ。
それにしてもどうしよう…。
国語も社会も英語も化学…も一応なんとかなる。問題は数学。この時間は昼前でもいつの時間でも睡魔が襲ってきちゃって全くわからない。友達に助けを求めたけれど、逆に助けを求められてしまった。さすがボクの親友…ってそんなことを考えてる暇はないんだった。とりあえず図書室で教科書とにらめっこするくらいしないと…。
早めに終わった5時間目、ボクは真っすぐに図書室へと向かった。ここにくることは一年で3回しかない貴重な1回だ。若葉色の絨毯に大小様々な本棚が整列していて外で鳴いてる蝉の音が気にならない程度に響いてくる。ボクは一番奥にある窓辺の四人席の机に落ち着いた。
「とりあえず…」
そういいながら鞄から教科書を取り出すと校庭を歩く海馬君の姿を見かけた。
帰るのかな?と少し見ていると友人らしき人物が彼に近づいてきた。
何、話してるんだろう。海馬君は無表情のままだけど嫌そうじゃなかった。友達らしき人が大きく手を挙げてこっちに戻ってくる。そんな友達を見つめている海馬君の顔がふと緩んだ。あぁ、あんな顔するんだ…。ボクはふと、寂しさを覚えていることに気がついた。こっち、見てくれないかな…。ほら、ボクはここにいるよ。
そんな心の声に気づくことなく海馬君は背を向けながら校庭を去って行った。何だか胸の辺りがもやもやとしてる。教科書に視線を戻すと範囲のページを開いた。さっきの人、海馬君と仲いいのかな…。そりゃあ何人か友達くらいいるよね。
…そういえば、ボクは海馬君の友達なのかな。春に喋っただけでそれ以降話したこともない。思えば海馬君、ボクになんで話し掛けたんだろ。あれ?じゃぁ気にすることないんだよ。友達ってわけじゃないし、気まぐれだよ。あ、勉強しないと…!
開いたページをじっと読んでみる。公式の使い方が細かくかかれてる説明文はボクの頭には入ってこない。
「…」
えーっとまず、Xを2乗して次にYとXを足して…えーっと、Xを2乗して…。ダメだ、全く頭に入んない。文字は読めるのに…。
「はぁ…」
海馬君のせいだ。海馬君が気まぐれでボクなんかに話しかけるから。
いつの間にか図書室の閉館時間になってて、ボクの頭に残ったのは海馬君だけだった。辺りはまだ明るくて、もうすっかり緑の葉に覆われた並木道をボクは一人とぼとぼと歩く。伸びた影がその様子をはっきり捕らえてついて来ていた。
もう考えるのは止めよう。忘れたらいいんだ。
3日後、ボクは図書室で数学について悩んでいた。はっきり言って応用なんか読んでもわかるわけない…。先生のところに言ったほうが良いんだけど、毎回寝てるし、今更聞きに行けない。誰か教えてくれそうな人…
「並木の下から消えたと思ったら今度はここか」
「え?」
真上から声がしたと思ったら海馬君が目の前の椅子の後ろに立っていた。彼はボクがしばし驚きで固まっている間、さも当然のようにこっちに回り込み隣の席に座る。
「ちょっとっ」
「なんだ?」
「ボクがなにしにここに来てるかわかってる?」
「さしずめテスト勉強がはかどってないようだな」
そんな応え方しなくても…。
「ボク数学苦手なんだ」
そういうと彼は教科書をパラパラと見るとボクのぐちゃぐちゃに試し計算されたノートをみた。
「教えてやろう」
「海馬君は友達と勉強とかしなくていいの?」
「友人などいないが」
…この前の人可哀相になってきた。海馬君それはちょっと。
「この前ここで見かけたんだけど、友達らしき子と何か話してたのみたよ?」
「あいつは勉強を教えて欲しいと言ってきたから断った」
その後のあの微笑はどういう意味なんだよー…なんてこんなことまで聞ける訳無い。
「忙しかったんだ?」
「用事は一つだけあったな」
ふーん…。じゃあ今日は暇なんだ。
「とりあえずこの問題からやる」
用事が無かったら誰にでもこうやって頼んでもないのに教えてしまうんだろうな。実際賢いんだろうし。
「ここはわかるのか?」
「うん、次の応用が…」
「これは…」
海馬君は友人でもないボクに熱心に教えてくれる。そこを含めても本当に助かる。こうなるとボクは海馬君を利用してるみたいだなって思う。勉強ができないのを海馬君のせいにしたりしたのに。でも海馬君もタイミング悪いよ。忘れようとしたときにやって来るなんてさ。
閉館時間になってボクたちは外に出た。また帰り道である並木道を通って正門へ向かう。今日の影は真っすぐ伸びた人の形が2本並んでいる。
「ありがとう。助かったよ!」
「最初はどうなることかと思ったがな」
あのノートを見たらね…。
「教え方うまいんだよ。今度何かお礼するよ」
んー…ハンバーガーとかでいいかな?
「ならば携帯持っているか?」
「あ、交換してなかったね」
いそいそと携帯を取り出した。あんまり鳴らないからつい忘れたりするんだけどね。この黒い携帯そろそろ変えたいなぁ。
「えーっとどうやるんだっけ?」
「かしてくれ」
「うん」
見られてやばいもんないしね。
「よし、出来たぞ」
ものの数分で携帯が返ってきた。海馬君と違う会社っぽいのによくわかるなぁ。
「海馬君なんでもできそうだね」
ボクはなんでもこなしてみせる海馬君を想像してクスッと笑ってしまった。
「…そんなことはない」
少し視線をずらしたのはむっときたのかな。後でメールで謝っておこう。
正門が近づいてきた。
「オレは左へ行く」
「そうなんだ…」
じゃあボクとは反対方向なんだ。
「また、明日な」
「うん、さよならー」
手を振って別れるとボクは反対方向へ歩きだした。さっきまで海馬君といたせいか少し寂しく感じてしまう。またあの微笑がなんだったのか気になってしまう。
んー海馬君の家どのあたりなんだろうなぁ…。あれ?ボク海馬君に反対方向だって言ったっけ?あーでもボクが一緒の方向って言わなかったもんなぁ…。
また明日か〜また教えてくれるのかな…?
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