10月31日の少年と神官の一日

 




 このところセトは少しばかり疲れていた。
 夏の盗難事件やファラオがユウギに会いに来ることに神経を使っていることが原因だろう。ファラオには悪気はないとはいえ、ユウギという存在を知られたことがなんだか気に食わない。嫉妬からなどと思いもしないセトは自分の秘密を知られたことによる焦りから来るものだと思い込んでいた。

 そして今日、10月31日はセトにとって久々の休日だった。今まで散々働きづめていたが、豪気な気性のため弱音など吐かないセトは、アイシスから指摘され渋々休みを取らされたのだ。普段神官は丸一日休みをとることなどない。王を守るため祈りを捧げ、与えられた仕事をし、王を守る。神官の仕事はそれほど労務でもなく、就労時間も短い。
 しかしセトは、それ以上に王に徒名す者を裁く時間も、軍の指揮官としても徹底的なため休む時間のことなどあまり考えてはいなかった。
「今日は一日中いらっしゃるのですか?」
 ユウギは珍しく朝から部屋にいるセトを眺めた。落ち着かないのか、軍備の配置や聖書などを読んでいる。
「あぁ、アイシスが俺が過労で死ぬ夢をみたなどというのでな」
「それは心配だね・・・」
 アイシスの予言や予知夢は外れることはない。これが本当かどうかは定かではないが、アイシスに言われれば従っておいたほうがいい。
 しかし、一日中部屋でダラダラと過ごしているのはなんだか落ち着かない。
「ユウギ、街へ行くか」
「え?ボクも行っていいのですか?」
「あぁ、だが・・・」
 こうして二人は街へ行くことになったのだが、ユウギは全身布を巻くことになった。頭にフード、顔には目以外をおおい、身体はアイシスのような服だ。どことなく女性に見える。
「お前は、神の光により焦がされてしまうかもしれん」
「・・・はい」
 実際ユウギはそんなことは思ってはいなかったが、外に出られることが出来るので姿などどうでもよかった。セトと一緒に出かけられることの方が待ち焦がれていたのだから。

 ここエジプトの秋は涼しくなったといえども、30度前後の気温が続く。温度差もいつもながら激しい。布で覆われたユウギはそれほど暑くないことに少し驚いていた。
「今日はそんなに暑くないのですね」
「あぁ、そうだな」
 街は過ごしやすい気温のためか人々で溢れていた。屋台に並んだお店の数々にユウギは興味深々だった。
「あ、かぼちゃが売ってますね」
 ユウギの視線に移ったのは荷台で売られていたかぼちゃだった。無造作に売られている。
「あぁ・・・ほしいのか?」
 ユウギが駆け寄っていったので、そういうとクビを横に振った。
「違います。ちょっと思い出して」
 ユウギはにっこり微笑む。意味深なその微笑がセトには理解できなかった。困ったことがわかったのかユウギはセトを見て苦笑する。
「すみません、異国には今日31日にハロウィンというものをするんです。かぼちゃをくりぬいて中に火をともしてお化けになって遊ぶお祭りです」
「ほぅ」
 感心しているのもつかの間、ユウギはまた新しいものを見つけて駆け寄っていった。好奇心が強いのだろう。
(過去にユウギが何をしていたのかは知らないが、知識においては私を驚かす・・・)
 セトにとってそれもユウギの魅力の一つだと考えていた。
「それはどうやって遊ぶのだ?」
 セトはユウギの元に近づくとさっきの続きを聞いた。
「ハロウィンですか?」
「あぁ」
「家にいる人にお菓子をくれなきゃいたずらするぞって言って、お菓子を貰いにいくんです。子供の祭りですからね」
 楽しそうに笑うユウギはそれを思い出しているかのようだった。
「やったことはあるのか?」
「はい、一回だけ。楽しかった・・・」
 そんな思い出のある彼がどうして奴隷として売られていたのか、それはセトの知るところではないのだろう。
 隣で楽しそうにしているユウギにセトは何も言えなかった。


「あー!楽しかった!ありがとうございます!」
 部屋に戻ってユウギは布を取った。白い細い肌が露になる。本当に美しいとセトは思う。しかし白い肌に黒紅く見える髪は忌み嫌われている。
「あ、セト様のせっかくの休みをボクばかり楽しんでしまい申し訳ありません・・・」
 考え込んでいる姿を違う形でユウギは見たらしい。
「ユウギと共にいれば私は安らぐ。そのように謝る必要はない」
「セト様・・・」
 二人はそっと寄り添おうと近づくと・・・大きな音がした。
「ユウギ!今日はオレの相手をしろ」
 ハッと離れるセト。それよりもファラオはセトがいることに不満の色を隠せなかった。
「なぜ、セトがここにいる」
「私は今日一日暇をもらったのです」
「・・・知らん」
 知らんがどこかで誰かに休みを取らせたことは聞いていたファラオはその一言で会話を止めた。
「して、ユウギ何をして遊ぶ?」
 セトのことを無視することに決めたファラオ。セトは内心ピクピクと血管を浮かび上がらせていた。
「あー・・・では・・・ハロウィンでもしましょうか」
 苦笑いで呟くユウギはセトを見たが、視線はファラオにしか向いていなかった。それについても否定の言葉もでないのか黙ったままだ。
「ハロウィンとはなんだ」
「これからお教えいたします。セト様も一緒にしましょう」
 にっこりと微笑んでセトを見ると、困った顔をしただけだった。
「よし、ではまず何をすればいいのだ」
「まずかぼちゃをですね〜・・・」
 密かな休日の楽しみを邪魔されたセトは、結局休日も神経を使い果たすこととなった。ファラオはそんな気も知らず、ユウギの言うハロウィンの話に夢中になって聞いている。怒りで黙っていたセトはふと、ファラオを見て思った。ファラオもユウギの知識の虜の1人かもしれない・・・と。
 それならば・・・と気持ちを静めたのもつかの間、擦り寄るファラオを目に、やはりユウギに近づけさせんと誓うセトなのであった。

 

 コメント
ハロウィンとか習慣絶対ないよね?