夢幻遊戯





「んー・・・」
 何だろう。とってもいい匂いがする。きっとこれはビーフシチューの香りだー・・・。
 ボクは夢の中でそんなことを思った。
「おい、起きろ」
 うーん、今ビーフシチューを食べるところなんだから待ってよー。
 目の前にパッとビーフシチューが出てボクは声の主を邪険にするように唸った。
「シチューが冷めるぞ」
「し、シチュー・・・?」
 それは今ボクが食べようとしてたんだ・・・って、ん?
 視界には海馬君が覗き込んでる姿が見える。近い。結構近い。でも、そんなことじゃなくて、ボクはその後ろにある大きな窓の色を見た。
「あーーーーーーー!!!」
「だ、だまれ!!」
 怒鳴られてしまった。でも仕方ないじゃないか!
「もうこんな時間だ!ど、どうしよー!」
「まだ雨は降っている。今降りたら川の氾濫で死体になるな」
 それを聞いてもう一度窓を見る。そういえばかたかたと窓の音がする。でも意外に静かだから気づかなかった。
「このロッジ丈夫なんだ」
「・・・防弾ガラスに防音まで完備されていると聞いたことがある」
 防弾・・・どっから銃が飛んでくるんだろう・・・。でも、そんなことも考えてあるなら海馬君は誰かに狙われているってこと?
「そんなことより、シチューが冷める」
 さっきからシチューの香りがする。海馬君とは反対方向のテーブルの上を見ると本物のビーフシチューがそこにあった。しかもサラダにご飯まで。
「うわ、これいつの間に?!」
「さっき作った」
 海馬君はそういうと席に戻っていった。ぽつんと置かれたこの椅子は何なんだろう。ボクの隣に置いてあるけど明らかに向かいの空いた席の椅子だよね。 か、海馬君何してたんだろ・・・。
「これ、ボクの分?」
「他に誰が居る」
「どうやって作ったの?」
「温めるだけだ」
 それを聞いて納得した。まさか海馬君が山を降りてスーパーなんかに行くなんて想像できない・・・。それにこの雨の中だし・・・。
「最新の冷凍技術なのだ、それでいける」
「そうなんだー」
 ということはこのサラダも冷凍食品・・・?このおいしいご飯も・・・。
 なんだかボクは海馬君が一種の宇宙人のような気がしてきた。今はたまたま地球に居て、でも海馬君の世界の技術はいろいろ進歩してて、それをボクに見せないようにしてるだけなんだーみたいな・・・なーんて。
「何している」
 ハッ!ぼーっと見ているのがバレたっ!
「なんでもない!」
「・・・ふん」
 あ、ビーフシチューおいしい。

 その後もボクは驚かされるばかりだった。
「風呂入るか?」
「お風呂あるの!?」
 も、もしかしてもう一つの部屋はお風呂だったの?!
 ボクが驚いて海馬君を見ると、ムッとした顔をした。
「・・・シャワーだけだ」
 シャワー・・・ってことは、あの部屋の一部がシャワーでトイレでってことなのかな。
「でも、ボク・・・」
 もう一つの部屋の中身が知りたくてドキドキしていたけど、ボクは自分がタオルも着替えも持っていないことに気がついた。
「寝巻きやタオルはきにするな。何枚かある。温まったほうがいい」
 海馬君はそういうと「こっちだ」とボクを海馬君の部屋のほうへ呼んだ。ボクはてっきりもう一つの部屋のほうだと思ったから正直驚いた。
「あれがシャワールームだ。タオルはそこにある。寝巻きも一緒だ」
 海馬君の部屋はとっても広かった。むしろ、こんな大きな敷地なんだってこのとき思った。
 部屋にはライトスタンドの付いたセミダブルくらいのベッドに、サイドテーブルに小さな本棚。その上にはノートパソコンが置いてある。その斜め奥にはシャワールームがあって、その隣にトイレがある。何だかホテルみたいなそんな空間だ。
「あのね」
「なんだ?」
「もう一つの部屋もこんな風なの?」
「あぁ、ベッドが二つと少し違うが」
 なんでそんなことを聞くんだ、という顔をされた。海馬君は見慣れているのかもしれないけど、ボクには不思議な空間だ。海馬君の便利な空間にボクは秘密基地みたいだなって思った。
「じゃあ入ってきます」
「・・・」
 なんとなく海馬君にお辞儀をして入った。扉を開けると脱衣所と正方形のシャワー室があった。ボクはそれをみてまた驚いていた、というかドキドキしていた。こんな場所が自分の家で一人自由気ままに遊べるんだから!


 シャワールームを出た頃、ボクは大分テンションが上がっていたと思う。何故かちょうどいい寝巻きもあってびっくりしたけど、ここは何でもある秘密基地なんだから当たり前っとクスッと笑ったりもした。
「ありがとう海馬君!」
 パソコンに向かっている。なんか仕事をしているみたい。それにしては若く見えるんだけど、いくつなんだろう?
 こっちを見た海馬君は一瞬驚いた顔をして、困った顔を向けてきた。いったいなんなんだろう。
「何かいけないことしたかな?」
 すると海馬君はハッとして「何でもない・・・」と視線を戻した。
「これ、子供のときの服?」
「弟のだ」
「弟さん居るんだ!」
 またまた驚くべきことが!
 ・・・じゃあなんで一人でここにいるんだろ?あっ、またボク余計なこと考えてるッ・・・。
 海馬君のほうに視線を戻すと仕事が終わったのか、目頭を押さえてパソコンを閉じた。
「もういいの?」
「・・・」
「一つ聞いていいかな・・・?」
 ボクはおそるおそるたずねてみた。
「今、何歳?」
「・・・16だ」
「ええ?!」
 16歳ってことはボクより年下なの?!
 驚いた顔をしたボクを海馬君は怪訝そうに見返した。悪いのかとでも言うように顔を歪めてる。
「お前はいくつだ」
「ボク6月で17になったんだ」
「・・・」
 まさかの出来事に海馬君も声がでないみたい?ボクはてっきり20くらいだけど、若く見えるだけかと思ってた。学生企業家なら聞いたことあるし・・・。
 でもそれって、高校生で仕事してるってことになる!?
「し、仕事だよね?」
「・・・」
 そのことについて触れてほしくないのか、海馬君は黙ったままで、「シャワーを浴びてくる」とだけ残して行ってしまった。

いけないこと言ったかな・・・。




 海馬はシャワーを浴びながら遊戯のことを考えていた。
 遊戯は誰もが尋ねることを聞こうとはしない。普通ならば「どうしてここにいるのか」と聞いて来る。しかし、遊戯はあえてその質問は避けている。
「・・・モクバ」
 ふと、モクバのことを考える。
 そう思ったとき、海馬は今遊戯のことを考える時間のほうが多くなっていると感じていた。
「・・・」
 シャワールームから出ると、遊戯がベッドの傍で寝ていた。気持ちよさそうに、ベッドに片寄りながら。

 ふと、海馬は思った。
 モクバの代わりに、モクバへの過ちを起こさないように、遊戯を代わりにしようと。
 しかし、もう一人の声が海馬を悩ませた。









コメント
なんか、海馬君が怪しい人になってしまいましたね。
まぁ、普段から怪しい人ですが(ぁ