乙女遊戯
世は休日と呼ばれる日曜日。
いつもなら恋人である海馬君のことを空を眺めながら考えているはずなんだけど、今日はどうやら違うみたい・・・。
空を見上げるとヘリコプターが飛んでいて、見上げる原因にもなった暴風の音が辺りの窓を破壊するがの如く鳴り響く。海馬君はというとホントにそんな梯に掴まっているだけで平気なのかと疑いたくなるほど、腕一本と細い足で支えて立っていた。
「かぁーいーばぁーくーんー!きょーうーはぁーどーうーしーたーのー!」
精一杯声を張り上げて海馬の不思議な行動に疑問を投げかけた。
「今日は新デッキの先行発表会だ、遊戯こいッ…!」
こいって手を差し出されても…。
飛び込むほど馬鹿ではないから、一応場所を聞いてみることにした。
すると、場所はすぐ近くの海馬コーポレーションのデュエルドームでヘリコプターでいく必要なんてない場所だった。とりあえず歩いて会場に向かうことを伝えるとすぐに支度を整えた。海馬君は「絶対に来い」と言い残すと、ヘリコプターで去って行った。
「なんでヘリコプターなんだろ?」
海馬君の考えることはわからない。
しばらくして会場に着くとボクは驚いた。意外にもたくさんの人が会場に集まっていた。観客席の入口にやっと入るとそのすごさがすぐにわかる。
みんな、すごい…!
どこからそんな情報をキャッチしてくるんだろうなんて考えていると近くにいた女性がボクを見て「あっ」と声を上げた。
ん…?なんだろう?
「決闘王の遊戯だわ!」
「えっ!?」
その女性同様に皆が振り向き始める。
「いや、僕は…」
普通に暮らしてる時は何故か声をかけられないので全く気にしていなかった。
今までなにもなかったのに…。それもまぁ、裏で海馬君の部下が手回しし続けて来たのだ。写真を貼ることも禁じたり、ポスターなど以っての外だって。。それでもライブムービーをなかったことにすることは出来なかったんだけど。
「サインしてください!」
「ビデオ撮って何回も見ました!」
ぞろぞろと人が集まってくる中、とりあえず順路を戻った。走って外に出ようとすると、さっと体を持ち上げられる感覚が起こった。
「えっ?」
「遊戯様!こちらです!」
その声は磯野さんだ。抵抗することなくされるがままになっていた。どっと疲れていたってのもあるけどね。
「お連れしました」
関係者以外立入禁止のテープをくぐり抜けボクは抱えられたまま目当ての人物に会うことが出来た。
「遊戯!…磯野、もう離せ」
「はっ」
ゆっくりと下ろされる。磯野さんも大変だね。
「海馬君どこにいくのか伝えてほしかったよ…」
「すまない、さて遊戯。今日は仕事で呼んだのだ・・・」
「えっ、ボクに仕事?」
初めてだった。海馬君がボクに仕事をして欲しいなんて。
「どんなこと?」
「俺とデュエルしろ。新デッキで」
「え!?人前で?」
「そうだ」
ボクはもうどこの会場でもしていない。決闘王と肩書きがついたその日から。もうひとりのボクも最近公式な場面とかに出ることはなくなったんだよね。もうひとりのボクなら自信あるし、出ればいいのに。
「でも・・・」
嫌じゃない。だけど、いきなりそんなこと言われても・・・。
「嫌ならアテムをすぐ連れてくる。すぐ決めてくれ」
カチンッ。
なにそれ、なにそれ、なにそれ!!!
「そ・う・し・て・く・だ・さ・い!!ボクはもう帰るよ!」
ムカついた。わかんないけど、無性に腹が立った。
「ゆ、遊戯」
「じゃぁね!!」
バタンッと大きな音を立てて扉を閉めた。海馬君はボクのことを何だと思っているんだろう。決闘王?もう一人の僕の代わり?何もなくいきなり呼びつけてそれはないよ!新デッキ公開って言われてのこのこ来たボクも悪いけどさ!
「あ、遊戯?」
聞きなれた声で後ろから名前を呼ばれた。ちょっとムカついてたから億劫な感じだったけど、振り向くと城之内君と獏良君という珍しい組み合わせだった。
「遊戯君、帰るの?これからなのに」
向かっている方向が出口なことに気づいて獏良君は不思議そうに見つめてきた。ボクだってみたいけど・・・。
「俺たちさっきそこであって今から見るけどいくか?」
「うーん・・・」
だけど、さっきみたいに人に囲まれるのも嫌だなぁ。
「ボクさっきいったら囲まれちゃったんだよ。だから一緒にいると大変だよ」
「あー・・・そうだな」
納得したように城之内君は頷いた。
「じゃあ帰るね!」
ボクはそう言って出口に向かって走った。なんだか八つ当たりしそうだったんだ。そんなのボク嫌だ。
「あ、遊戯・・・?」
「遊戯君どうしたんだろうね」
ボクが家に帰ると誰もいなかった。じいちゃんともうひとりのボクは会場にいるだろうし、ママは買い物に出かけている時間だ。
「何しよう・・・」
一人ですることはたくさんあるけど、今日は寝よう。
はぁ・・・疲れた・・・。
「遊戯、遊戯!起きなさい」
ママがボクを呼んでる。
次第に耳から聞こえ、僕の脳を刺激する声は明らかに大きくなっている。
「遊戯!友達がきてるわよ!」
・・・友達?
「城之内って子」
「え?!」
パチッと目が覚めてボクは起き上がった。ママは何事かと目を大きくしてたみたいだけど、ボクは今日約束したかなって一生懸命思い出してみる。思い出してる内にどうしてここにいるのかも、思い出した・・・。はぁ・・・。
「わかったよ」
のっそりとベッドから起きて一階の店前に出た。城之内君一人みたいで、獏良君の姿は見えなかった。
「こんにちは、どうしたの?」
「いや、遊戯にデッキ見せてやろうと思ってさ、来たってわけ」
「買ったの?!」
デッキを持ってるってことは・・・そういうことだよね?
「あぁ、まぁ俺使えそうなカードだったしな!」
そう言ってニカッと人懐っこい笑顔でデッキを見せてくれたんだ。青いパッケージで、戦士系のモンスターのイラストが見えた。
「あ、こんなところじゃなんだから、ボクの部屋にいこ!」
「おう!おじゃましまーす!」
家中に響き渡るくらい大きな声で挨拶する。城之内君っていっつも元気だなぁ。
さっそく部屋に着いて見せてもらうと本当に城之内君が使いそうなカードばかりだった。
「今回は攻撃系のカードが多いね!」
「あとは、何枚か揃うと強化できる罠カードとか」
ボクは見せられたカードに夢中になっていた。だって仕方ないよね?正直に言って新作デッキ見たかったんだ。ボクが夢中になってると会話もストップした。「わぁー」とか「かわいい」とかボクの独り言だけが続く。それから最後の何枚かしてボクはふと今の状況に気づいた。
「あ・・・ごめん」
う、ボクばっかりみて城之内君のカードなのに。
「うん?気にすんなって、遊戯のころころ変わる表情見てて飽きないしな」
そういう城之内君の表情はなんだか優しい笑顔だった。なんとなく・・・照れた。だって、なんだか大人っぽく見えたんだ。
「すぐっ!見終わるから!」
赤くなってるかもしれない表情を隠すように、ボクはカードに意識を集中した。告白されたことを忘れてるわけじゃないけど、普段はいつもの城之内君だから思い出すこと無いんだけど、たまにドキッとする表情をするんだよね。
とりあえずカードを全て見終わった。
「本当にごめんね、ボクって夢中になると周りが見えなくなるって言うか・・・」
「そんなこと前から知ってるぜ!」
「ありがとう」
「はいっ」とカードを渡そうとしたら、受け取り間際に落としてしまった。
「うわぁっ!ごめん!城之内君!」
「遊戯面白いな」
せっせと集める僕をみて城之内君は楽しそうだった。なんだかそれはそれでむっとするが、ボクが落としたんだし意識しちゃって・・・ってボク何考えてるんだー!
「は、はい!」
「サンキュ」
また優しい笑顔。それはダメだよ・・・。
心臓の音が聞こえてきそうなんだ。
「遊戯・・・?」
「あ、えーっと見てて!ジュースとって来るよ!」
なんとか落ち着こう。
そう思って立ち上がろうとすると、手を掴まれて引き戻された。
「え!」
体のバランスが崩れ、自然と城之内君の胸の中にスポッと収まった。
「じょ・・のうち・・くん?」
一瞬何が起こったかボクわかんなかった。
「あんな顔されたら無理だっつぅの・・・」
肩越しにそう言われた。ボク、どんな顔してたんだろう・・・。
「諦められるわけねぇーよ・・・」
あ、また心臓の音がドキドキ言ってるっ。
ぎゅっと力がこもった。でも優しい・・・。
「じょうの・・・うちく、ん?!」
気づいたら唇に温かくて柔らかい感触を感じた。
「ちょ・・・そっ・・・ん・・・ぁ・・・」
喋ることを止めさせるように城之内君の舌が入ってくる。
「かわいい・・・な・・・遊戯は・・・」
キスをしながらの言葉にボクの顔が熱くなった。たぶん、耳まで真っ赤だと思う。
「じょ・・んぁ・・・うち・・ん・・・くんっ・・」
城之内君キス上手すぎるっ・・・。次第に強張ってた意識がだんだんと溶かされていく。ボクも絡めるかのように舌を出してしまった・・・。
「遊戯・・・敏感すぎだ・・・」
やっと放してもらうとボクは城之内君の胸にもたれ掛かった。力が入らない。酸素を欲して思い切り息を吸う。
「わりぃ・・・」
城之内君はボソッと呟いてボクを抱きしめる。言ってることとやってることが合ってないよ・・・。
「遊戯、俺まじで遊戯のこと好きなんだ。遊戯俺のこと嫌いか・・・?」
「嫌いじゃないよ・・・」
その聞き方は卑怯だよ。でも、ボクもその言葉に甘えてる。
「恋人になってくれとか言わないぜ・・・。でも・・・」
「・・・」
「また、遊んでくれるか?」
それはまたこういうことが起きても構わないかってこと。
今のボクが出せる答えなんて一つだけだった。
「・・・うん。友達・・・でしょ?」
「・・・ありがとう、遊戯!」
とてつもない憎悪を感じていたら、ぼくはキスなんてさせなかったんだ。でもされて、感じてしまったボクがいる。意識がなんだかふわふわしている今のボクには甘い考えしかなかったんだ。
コメント
海馬のターンみじかっ。