気まぐれファラオと神官の一日。
このところセトはおかしい。
玉座に座るファラオは左前方にいるセトを見つめた。玉座から見える神官たちになんの不審な動きは見えない。右隣にいるシモンさえもそんなことを言わないのだから気のせいだろうとファラオは思っていた。しかし、セトの何かに違和感を感じた。一体なんだろうと肘を突き首をかしげながらファラオはずっと考えていた。
「ファラオ、この報告書を見てください」
ある時、セトは街に起こっている盗難事件について報告書を出してきた。事件自体は小さいながらも少し不自然な数だ。
「これは早急に解決せねばならないな」
報告書を読んだファラオはその内容に何か嫌な予感がした。
「では我が軍を警備にあたらせて見張りましょう」
ぐっと腕を胸に当てその意思をファラオの前に表した。その時、ファラオはあることに気が付いた。
「お前、香水など付けるのか?」
ファラオは違和感の正体にやっと気づいた。セトの傍にいるとき少し前までなかった香りがするのだ。
「・・・たしなみです」
少し間があった。
「そうか、いや変なことを聞いた」
ファラオはそう言ってすぐに詮索をやめたが、すでに頭の中ではセトが何かを隠していると考えていた。
(女でも出来たか?)
そうであったら朗報だ。おんなっけの無かったセトに好きな人が出来たのだから。ファラオは内心好奇心で満たされていた。
「では、私はさっそくこのことを我が軍に報告に」
「わかった。期待しているぞ」
一礼した後セトは背を見せて去っていった。このときファラオが不敵に笑っていたのにはさすがのセトでも気づかなかった。
セトが軍配備を施し終わって、少しばかり自由な時間が出来た。このところ盗難の件で動いていたため、ろくに休んでいない。
(あいつのところにでも行くか・・・)
そう思いながらセトは自分の部屋とは違う方へと歩き出した。
「ファラオ、この件で・・・・」
シモンが書類を見ながら謁見の間に入ってきたが、そこには誰もいなかった。
「どこに行かれたんじゃ・・・」
はぁ・・・とため息を一つ落とすと、シモンは謁見の間から出て行った。たまにある好奇心からファラオがどこかへ行くのはいつものことだった。
(幼い頃から好奇心だけは強い御方なんじゃから・・・)
「ユウギ」
離宮にある神官たちの宿舎とも言える場所にセトは来ていた。各部屋が渡されており、王宮にある臨時部屋とはまったく違う豪華なつくりだ。セトはそこに入ると、その名を呼んだ。その声に反応したのは小さな少年だった。
「セト様、おかえりなさい」
「腹など空かせてはおらぬか?」
いつもとは違う優しい口調。ユウギは微笑んで「大丈夫です」と言った。その言葉にセトは安心するが、反面ため息が出た。
「貴様は無理をするのが好きみたいだからな」
「そのようなことはありませんよ」
綺麗な衣装に身を包んだユウギは何だかとても美しかった。セトはその姿を見るたびに自分が危ない方向へと進んでいくような気がして、頭を振った。
「ボクがこんないい思いができるのもセト様のおかげです。我侭ばかりいえません」
「我侭など一言も言ったことは無いではないか」
ユウギのピアスがきらりと光る。肌が白いユウギは奴隷として虐げられていたところをセトが見かねて救ったのだ。ユウギにとっては命の恩人なのだった。
「このような時間に来られて大丈夫ですか?サボってはいけませんよ」
「オレがそんなことするわけがない。時間が空いたのだ。しかし・・・そうだなそろそろ行こう」
セトは最後にユウギをギュッと抱きしめると「行ってくる」と呟いた。
「いってらしゃいませ」
その一言を聞いたセトはユウギから離れて部屋を出て行った。これが二人だけの挨拶であり、セトはそうすることでどこか安心感が芽生えていた。
(今度いける日はいつになるだろうか・・・)
今日も太陽が燦燦と降り注ぐ中、不吉な影は忍び寄っているのであった。
ガチャ…
(セト様何か忘れたのかな?)
セトが去ったのはついさっきのはずだが、扉は再び開かれた。窓際にちょこんと座っていたユウギはどうしたんだろうと扉のほうへ駆け寄った。
「セト様どうしたのです…ん!?」
ユウギは言葉を詰まらせてしまった。
「はぁん、女かとおもて来たら…なるほど」
するりとユウギに近づいたのは不敵な笑みを見せるファラオだった。ユウギは目の前の人物を見て声もでなかった。
「何驚いた顔をしておる、名を名乗らぬか」
そういわれるとハッとユウギは離れて地面に座り込み頭を垂れた。
「申し訳ありません、ファラオッ!ボクはユウギと申します」
ファラオはその名を復唱するとユウギを立たせた。戸惑うばかりの彼はされるがままである。
「オレに似てるな…。どこの者だ?何故セトの元にいる?」
ファラオは立っているのが疲れたのか堂々とセトのベッドの上に座り込んだ。ユウギはどうしたらいいかわからず、内心セトの助けばかりを求めていた。
「オレに言えぬのか?」
「あ、ボクがある者たちに…その、虐められているところをセト様に助けて頂いて、身寄りなどないと言ったらここに…」
こんなこと言って良かったのかと思いながらファラオをちらりとみる。ファラオは興味を無くしたような顔を向けているだけだった。
「何だ、恋人などではないのか」
「こ、こいびと!?」
「セトがよい香りをさせておるので、女だとおもて来た」
そういわれるとそんなことを言っていた気もするなーと先ほどのことを思い浮かべる。そんな表情を見ていたファラオはニヤッと笑うといいことを思い付いたと、小さく呟いた。
「ユウギとやら、オレの影武者となれ」
「そのようなことボクに勤まるわけが・・・」
「断るのか!」
「いえっ、そういうことではなく、下々であるボクにファラオのような政務は…」
読み書きもできないことを惜し気もなくアピールしたがファラオはそのようなことはないと笑っていった。
「逃げ続ければよいだけだ」
そのファラオの言葉の意味ははユウギにはわからなかった。
「ファラオ…どこに行かれたんじゃ」
シモンはファラオを探して王宮内をぐるぐると探し歩いていた。外は完璧な警備のはずなのだから、そうなれば報告は来るだろう。マハードとセトにも仕方なくだが手伝ってもらっているのだから見つかるはずだ。
離宮まで来たシモンはまさかと思いつつ、探しに来ていた。
「ここに用があるとも思えないが…」
そう思って神官の各部屋の廊下に来たとき、青いマントに特徴的な髪が反対の廊下を歩いていった。
「お待ち下され!」
シモンは呼び止めたが、角を曲がり姿を消した。慌てて駆け付けたが、そこには居なかった。
(この下は外に出る階段…まさか)
ここにくることはないと思っていたシモンの顔に焦りが見え始めた。
一方ユウギは青いマントに額の装飾、加えてピアスまで付けさせられて、街のほうへと歩いていた。ユウギは追いかけるじいさんから逃げろと言われてしまったのだ。王からの命令では断ることが出来ず、ため息を付きながらも外に出てきた。
「ファラオって人使い荒いんだなぁ」
今日までファラオと話したことさえなかったユウギの第一印象は「賢い、強い、カッコイイ」だったが、今では「キツイ、傲慢、子供っぽい」だ。仕方が無いようなと心の中で思いながらも今置かれている自分の状況を改めて考えてみると、そうとも言ってられないのだった。
(とりあえず、あの人から今日一日逃げないと・・・)
これを破れば何をされるかわかったものじゃない。ユウギは不敵に笑うファラオを思い出して真っ青になった。
(あの人は何でもしそうだ・・・)
スタスタスタと足早に街に行くと、何処か身の隠せる場所は無いかと裏路地を歩いていったユウギだった。
眩しいくらい輝いている太陽は、容赦なくセトの元へと降り注いだ。
(ファラオ・・・こんな忙しい時に脱走とは・・・)
シモンに言われていなくなったファラオを探していたセトは自軍の警備の者達に見つけたら直ちに連れて帰るようにと言い回っていた。何のために警備を増やしたのか全く意味が無い。外への警備も少しは手を回しているが、今はファラオを探すことが先決だった。
「戻ったら監視役を付けさせてもらおう・・・あのジジィではだめだ」
忌々しくもその名を口にした時、セトはファラオのシルエットを見かけた。
(こんなところまで来ていたのか・・・!)
王宮から一番離れた細い路地の隙間に青いマントがゆらゆらと揺れていた。色を身に纏うこと事態地位のあるものの証、これでは反対に目立つ。
(そんなことも知らないで・・・。さて、連れて帰るか・・・)
路地に入り、うずくまって座っている。セトは何がしたかったんだと呆れて近づいて、声を掛けた。
「ファラオよ、このような場所に居てはなりませぬ。これではファラオが逃げ出したようではないですか。腑抜けと罵られる前に帰りましょう」
ある程度優しく声を掛ける。すると返ってきた声はまるで違った声だった。
「セト・・・、ボク・・・」
「ユウギ?!何をやっているんだ!?」
怒られたと思って身を縮めるユウギ。
「ボク・・・ファラオに・・・これを付けて今日一日逃げ切れって・・・」
「!!・・・ちっ」
セトは一目散にユウギから去ると警備の一人にファラオが外に逃げたことは嘘だと伝えた。王宮にまだ居るはずである。外に出すわけには行かない。
「王宮を見張れ!くまなくだ!ファラオを一歩も出してはならない!」
さっとそのことを伝えに言った者の後姿を確認して、セトはまたユウギのところへ戻った。
「ユウギ、戻るぞ」
そっと抱きしめる。
「でも・・・これを守らなくてはボク・・・」
「大丈夫だ」
その言葉を聞いたユウギは「はい」と呟いてセトと共に帰っていった。もちろんマントも装飾品も全て外して。この件ではセトは内心少々怒りに満ちていた。まさかユウギにこんなことをするとは思ってなかったからだ。それにこのことを防げなかった自分にも怒りを感じていた。
「なんだ、すぐに見つかってしまったのか」
セトが自分の部屋に戻ると、ファラオが悠々と本を読みながら出迎えた。ユウギは未だに怯えており、セトの後ろで震えている。
「何をなさっているのです!!」
「あ、そうか。じいさんと言っただけだったからな・・・」
全く話しを聞くそぶりを見せないファラオ。政務はきちんとやってくれるのだが、こういったことになると人の話しを聞かないで自分勝手に面白いことを見つけては行動を起こすトラブルメーカーだ。
「ユウギとやら、今回はすまなかった」
「ファラオ?!」
あっさりと謝ったファラオがセトには驚きだった。頭の回転が早いファラオはいつも人の揚げ足を取って言い返すのだが。
「オレもちょっとした休みが欲しかったのだ。いつもいつもあの椅子に座っているだけだったのでな。人が来ても書類の束だ。飽き飽きしてくる」
ユウギはそんなファラオの姿が目に浮かんだ。自分はセトの元で悠々と暮らしているが、ファラオはいつもファラオであり続けねばならないのだ。
そっとセトの前へ一歩踏み出したユウギはファラオに謝罪した。
「いいえ、ボクこそファラオのお心の内を知らずに・・・」
「オレはお前を気に入っておるのだ。そうだな、友達にならないか?」
「と、友達ですか?ボクと?」
ファラオは「そうだ」と頷いた。
「初めての友達になって欲しい」
その言葉はユウギにとって魅力的な言葉だった。散々虐げられてきたユウギを友達にしたいと言って来たのだ。
「ボクで良かったら!」
「ありがとう!」
そう言ってベッドから立ち上がるとユウギを抱きしめた。ユウギはちょっと驚いたが、挨拶であるのだから当然だとユウギも抱きしめた。
「ユウギはよく見ると可愛らしいな。オレとは別人だ」
「ボクは男ですよ!」
「そんなことはわかっている」
そう言って可愛らしい唇にキスをした。ユウギは一瞬頭が真っ白になる。その間に「ではな」と言って風のごとくセトの合間を縫って去っていった。
セトもユウギと同じように固まっていてはっと気づいた時にはファラオの姿は無かった。
「ユウギ!」
「は、はい・・・」
「今後一切ファラオに近づくな!お前の身のためだ!」
「え・・・でも」
「これは命令だ!今後近づいてはならん!」
「はい・・・」
ユウギは困った顔をしながら返答した。あまりにも怒っているセトがよくわからなかったからだ。ファラオと友達になっただけなのに、近づくなとは・・・。一体どちらの約束を守ればいいのか、それを考えるのに頭が痛かった。
「今日は、大変な一日だったなぁ・・・」
気まぐれに起こしたファラオの行動はユウギにとっての災難になったのは言うまでも無い。
コメント
思ったのと違うものに・・・。
いつになったらエロい遊戯が書けるんだ!