45、すれ違いの二人










※お題「笑顔」のつづきです。設定などはそちらで確認ください。











 僕は今、エルロン家の広い部屋の広いベッドの上に寝ていた。
「・・・寝れない」
 ここの家の長男とか言う男に「護衛してくれないか!君を雇いたいんだ!」とか言われてここにいる。闘技場に一生いるのが嫌だったのもあるが、奴隷の僕に対して「頼み込んだ」貴族はそうそういなかったので付いて来た。ついてきたのはいいが、大きな風呂に入れさせられ、窮屈な服を着せられ、大きな部屋に入れさせられ(僕にとってはすべてが大きいが。)そして最後に「剣の相手をしてくれ!」と言われたときは正直戸惑った。僕はとりあえずあの闘技場に居られなくなるならなんでもよかったんだ。

 コンコン

 扉を叩く音がして僕は振り返った。
「入ってもいい?」
 どうやらあいつのようだ。
「構わない」
 言うとすぐに彼は入ってきた。にへら顔の長男は眩しいほどのシルクのパジャマに身を包んでいる。
「ありがとー!リオン、さっきの話考えてくれた?」
 上半身を起こして、近づいてくるあいつのほうへ降りていった。僕が窓際に立つと彼はベッドに腰をかける。
「相手くらいならいつでもするさ。手は抜かない」
「わかってるって!ありがとう!」
 素直に笑ってくるこいつと話しているとなんだか気が狂う。駆け引きの中で生きてきた僕にとってこいつは純粋な子供だ。
「リオンはさ、どうしてあんな綺麗な剣持ってるんだ?」
「シャルティエのことか?」
 視線をシャルに移した。
「シャルティエっていうのか」
「物心ついた時からもっていた」
「そっかぁ〜!俺のはディムロスっていうんだ。早く相手したいなー」
 こいつの頭の中にはどうやら僕と戦うことでいっぱいのようだ。
(どうやったらそんな単純思考で生きていけるんだ)
「あ、ウッドロウさんに手紙を書こう!」
 いきなりそう叫んであいつは立ち上がった。顔は相変わらずにへら顔で何がそんなに楽しいのか検討もつかない。
「おやすみ!リオン!」
「・・・」
 僕は黙ったまま部屋を出て行くのを見つめていた。
(変な貴族に付いていったのは間違いだったか?)
 今までとは違う生活に不安などなかったが、いつまでここに居られるのかとふと思った。もしあの闘技場に戻されることがあるならば、僕は・・・。





 翌日、起こされたと思ったら風呂の時間らしい。一日に2回も入るなんて全く貴族の考えることは分からない。風呂が終われば朝食の時間だった。
 案内された部屋には長さ約10mはあろうかと思われるガラスのテーブルに、弾力のある翠(みどり)のベロア生地の椅子。僕はその奥から2つ目の席に座らされた。早くにもあいつが居るのかと思ったら、まだ来ていないらしい。メイドは僕を案内するとそそくさと部屋の隅に寄った。僕の身分が汚らわしいとでも思ったのかもしれない。20分ほど待つとあいつが現れた。
「ごめん、俺朝弱いんだよ!今はリリスやじっちゃんがいなくて」
「かまわない」
 せかせかと急いで向かいの席に座ると料理が運ばれてきた。目の前に置かれた料理を幸せそうに見つめている彼はまるで子供だ。僕がじっと彼が食べ始めるのを見つめていると、その視線に気づいたのか首を傾げてきた。
「食べないの?」
「食べる」
 そう言いながらもまったく手につけない僕をみて、不思議そうに見つめ返してきた。
「どうしたの?」
「お前を見てマナーを学ぶ。さっさと食べろ」
 ぽかーんと大きな口を開けて固まった。僕はその顔に少しイライラすると、それを感じ取ったのか慌てて食べ始めた。
「ごめん、そんなの気にしなくていいよ」
「そうか」
 気にしなくていいのなら遠慮は要らない。僕は適当にナイフとフォークを手にとって朝食を食べ始めた。当たり前だがうまい。今まで食べてきたものとは違う味のある朝食だった。
「おいしい?」
「ああ」
 その返答に満足したのか、続きを食べ始めた。静かな食卓でこんなに優雅な時間を過ごしているのはいつぶりだろう。会話をしていないお陰か、二人とも15分足らずで食事を終えた。彼は立ち上がると「散歩しよう」と声を掛けてきた。
「護衛だからついていくのは当たり前だ」
「護衛なんて口実なんだから、リオンが嫌ならかまわないよ」
 にっこり笑っておかしなことを言われた。護衛として雇われてきているのに、護衛しなくてもいいとは、僕のここに居る存在意義が無くなる。
「俺の相手して欲しかった。だから護衛は口実」
 僕の気持ちを読んだのか、そう付け加えた。後から不安な顔でもしたのかと思って自己嫌悪に陥る。再び彼をみると、何も見てないよとでもいう風に首をかしげた。
「散歩はいく」
「やったー!じゃあいこー!」
 子供のように喜んで僕の腕を引っ張った。こいつといるとやっぱり気が狂う。
 (来たときも思ったが)無駄にでかい玄関を出て庭へと出た。正門までの道のりはそんなに距離はないが、左右の庭の広さは端が見えないくらい広かった。
「こっち、こっち」
 右側を指差してどこかへ案内しているようだった。
 整備された石のタイルの上を歩き、見上げれば自然そのままの森の中を歩く。ふとあいつを見ればただニコニコと笑って少し前を歩いている。
 こんな不思議な感覚に僕は少し戸惑う。僕の存在があまりにも場違いな気がした。それでもそんな気持ちを悟られたくない僕は無表情のまま歩き続ける。
「かっこいいね」
 いきなりそう言われた。
「何が?」
「やだなぁ〜リオンだよ。お風呂に入って綺麗になったとたん、何処かのお城にいるかのようなまるで王子様みたいだからさ、その黒い服も似合ってるし」
「それはお前だろう」
 僕はこの時、こんなベタな台詞にもかかわらず照れた。
「俺〜?俺は可愛いって言われるからヤになるよ」
 はははっと笑ってくるっと向きを変えた。
「ほら、あそこー!」
 指された先は港町が見える丘だった。ご丁寧にベンチに屋根までついている。
「俺、あそこから景色好きなんだ!」
 そういうのは好きな女にでも言えと内心思った。
 丘に着くと小さくなった町並みと、大海原がキラキラと太陽に反射して輝いている。大小いろいろな商船が港に並び、賑やかで活気のある風景が望めた。
「お前の気持ちも分かるな」
「だろ?!ここでひなたぼっこしてたりして怒られるんだけどな」
 彼は真っ直ぐにその景色を見つめて目を細めた。今のこいつの気持ちなんてこれっぽっちもわからないが満足しているようだ。
「リオンは突きと斬るのどっちが得意?」
 また唐突な一言が飛び出した。彼の辞書には順序という言葉はきっとない。
「相手をするまで内緒だ」
「秘密かー。じゃあ早く知りたいからお昼前に一回勝負しよう!」
「・・・わかった」
 秘密を知りたい彼よりも、僕の心の中は不安でいっぱいだった。もし彼の満足いく相手ではなかったら・・・?

 その後、彼は家庭教師が来たので「お昼前まで自由時間!」といいながら屋敷へ戻っていった。僕は何をするでもなくそのまま丘に残った。他に何があるのかと歩いていると牧場が見えた。どうやら羊を飼っているらしい。やはり貴族の考えることは分からない。その次に見かけたのは綺麗なバラ園だった。各種の色のバラが植えられているらしい。今はピンクの小さなバラが一部で咲いていた。また歩いてきてちょうど屋敷の裏手に回ったところに、なにやら大きな建物が見えた。遠めに見たので何か分からなかったが、かなり広い建物だ。再び進むと、従者や家政婦の宿舎があり、広い森を抜けてようやくもとの正門へと戻ってきた。
(暇だな)
 何もしないのは退屈だ。いきなり生死を分かつ世界から、そんなことなど考えもしない世界に投げ込まれたらやはりこんなものだろうか?
 仕方が無いので屋敷に入り、自分の部屋に戻った。自分の部屋を眺めてみると豪華だが何もない。辺りを見回していると、隣の部屋に続く扉を発見した。勝手に入ってはさすがにマズイと思ったが、昨夜物音がしなかったので誰もいないはずだ。
(暇なのがいけないな)
 そんな適当な理由つけながら、僕は好奇心の元その扉を少しずつ開いた。そこには天上までのびた本棚がずらりと並べてある。どうやら書斎のようだった。中に入ってみると、木目が綺麗な机には埃がうっすらと積もっていた。上に乗っている本にも同じように埃がかぶっている。どうやら誰かの書斎らしい。机に乗っている本を一冊手に取って、パラパラと中身を眺めた。小説だった。
(これでも読んでおくか・・・)
 自室に戻って本を読む。どうやら恋愛小説らしい。身分を超えた愛が描かれている。
 しばらく読んでいると、扉を叩く音が聞こえた。
「入るよー」
 堂々と宣言したからか、いきなり入ってきた。
「おい、勉強はどうした?」
「もう終わったよ。さて、時間も経ったし運動運動!!」
 窓をのぞくと太陽が真上を向いていた。どうやら読んでいる間に時間が経ったらしい。僕が小説を置くのを見たのか、不思議そうな顔をした。
「持ってたの?」
「いや、隣の部屋のを借りた」
「あ・・・なるほど!父さんのか。俺全然読まないから」
 一瞬間があったことが気になったが、笑っているこいつをみて言うのを止めた。
「借りてて良いのか?」
「もちろん!」
 何故字が読めるんだ?とか聞いてこないところを見ると、本当にどこか抜けてる奴らしい。世間知らずなお坊ちゃんは楽でいい。
「じゃあーいこー!シャルティエも!」
「分かっている」
 シャルを腰に掛け、彼の案内のもと外に出た。庭でやるのかと思ったら屋敷の裏を指した。
「裏に稽古場があるからそこで」
 先ほどの大きな建物はどうやら彼専用の稽古場らしい。外でやれ、と思ったが、貴族と自分の身分差にいちいちつっこんでいられない。足早に進んでいく彼はずっと笑顔である。こんなにへら顔が本当に剣士なのかと思うと想像できない自分がいた。
(誰もがそうだと思うが)
 稽古場に着くと服が用意されていた。今着ている服で戦うなということらしい。黒くてシンプルな服を着てウォーミングアップを済ませると、どうやらスタンも終えたようだった。
「いつでもいいよ!」
「僕もだ」
 目が合って、互いの準備を確認した。始まりの合図なんて無かったが、僕達は同時に動いた。一気に近づいて最初の一撃が走る。あいつをみると、にへら顔とは全く違うきりっとした顔が見えた。
(いい顔できるじゃないか)
 すばやく離れてまた近づく。フェンシングのような力量試しが10分ほど続くと互いに離れて息を整え始めた。
 あいつの戦法は繊細ではないが、きちんとした構えがあるようだ。勢いだけで斬っていくのではないし、かと言って優雅な動きは無い。重力を大いに利用している。身体が細い分動きはすばやい。
 でも、僕が本気になれば勝てる自信はあった。
 あいつと僕の決定的な差がその勝敗を大きく左右していた。
 また視線が合って同時に動き出した。僕は振り下ろされた瞬間に背後へ回り、彼の背中に剣の先を向けた。
「僕の勝ちだな」
「負けた〜。ほんとリオンはすごい!!」
 くるっと振り返った顔を見るとまたいつものようなにへら顔に戻っていた。
「当たり前だ」
 彼と僕との決定的な差、それがある限り。
「リオンはどこで習ったんだ?」
「さぁな」
「はぁー、さすがに教えてくれないよな〜」
 実際「誰にどこで」なんてものは存在しない。今まで居た闘技場に教えてくれる奴なんてどこにも居ないのだから。
「さて、御飯たべにいこー!」
 切り替わりが早いのか、さっさと着替えに行ってしまった。あいつの手にしていたディムロスが壁にかけてある。
(ディムロスは大きいな)
 あの細い身体で持つ剣じゃないと思いつつも、この剣をアレだけ動かせるのだからたいした奴だ。
「早く早く!」
 面白い奴だ。


 昼食は何かわからない豪華な食事だった。朝食と同様黙々と僕達は食べる。普段結構話すあいつは、この時だけは本当に黙っている。
 今回の勝負は僕が勝ったが、あいつに僕が負けたとき必要とされない人間になるのだろう。それが勝敗の決め手ではないが、この思いはかなり影響を及ぼしている。
 そんなことを考えているうちに食事を終えた。僕が部屋に戻ろうとすると、彼は当たり前のように付いてくる。
「僕に用か?」
「特に用はないけど、一人で居るよりはいいじゃないか」
 それは、あっけらかんとそれが普通だとでも言うように。僕は部屋に入れられない事情もないので何も言わなかった。しっかり着いてきた彼はシャルをじーっと眺めている。ディムロスとは違う曲線を描いた突きを得意とする剣である。僕のほうはと言うと窓辺に腰をかけてさっきの小説を読んでいた。本を読む合間にちらりと覗いて彼を観察する。
 光の下で輝く金の髪、細い身体、人懐っこさをアピールしたにへら顔、それとは別の真剣なするどい澄んだ青い瞳。
(そして貴族らしくない貴族・・・ん?)
 ソファから移動したかと思うと、ベッドにねころんだ。
「おい」
「・・・」
「一応僕のベッドなんだが」
「・・・」
 無視されているので人差し指をしおり代わりに近づいてみる。
「おい」
「すぴーすぴー」
 心地いいくらいの寝息が聞こえてきた。僕は小さくため息をつくと何故だかベッドの反対側に回った。彼の寝顔が良く見える。
(子供か・・・)
 呆れるほど気持ちよさそうに眠っていた。ベッドも満足だろうと心でつぶやく。顔にかかっている髪を退けると白い肌がよく見えた。
(あまり外に出ないのか?人のこと言えないが・・・)
 閉じている瞼には意外なほど長い睫が見えて、女のようだった。
(寝ていたら美男子)
 そう言えば、ふと彼が言った言葉を思い出した。
『俺は可愛いって言われるからヤになるよ』
(・・・確かにお前はかっこいいではないな)
「仕方ないな」
 ベッドの端に腰掛けると僕は続きを読み始めた。彼は振動に反応したのか僕のほうに擦り寄ってくる。そのまま本を読み続けた僕は、彼と言う心地よさを感じ始めていた。




 それから部屋も暗くなり、夕食の時間になると彼はむくっと目を覚ました。僕はとうに本を読むことを止めていて、ついこいつの横で眠ってしまっていた。
「ふぁぁああ〜・・・リオンも寝てたんだ」
「どうやらそのようだ・・・」
 目をこすりながら窓のほうを見た。彼は夕食の時間だと気づいたらしく、ぱっと俊敏に動き始めた。
「夕食の時間だ。いこー!」
 振り返ってにへら顔でこっちを見てくる。
(そんなに楽しみな時間なんだ・・・)
 呆れた僕をよそに彼は食堂に向かっていった。

 中に入ると長いテーブルの上には昨日とは違う料理が並べられていた。
「何種類の料理があるんだ・・・」
「なに?]
「なんでもない」
 彼は不思議そうに僕を見つめた。
「あっ、そういえばね〜明日はウッドロウさんのところに行こう!」
 彼の唐突な話題。
「ウッドロウさんとは誰だ?」
「ここから馬車で30分くらい北西に行ったところにあるお城の主で、ウッドロウ・ケルヴィン公爵って人なんだ。この前、手紙出したら明日アタモニ闘技場に行こうって誘われたんだ」
 ウッドロウとかいう人物の話をしている彼はとても楽しそうだった。親しい間柄なんだろう。
「で、僕は誘われたのか?」
「うん、二人でおいでってさ!」
 闘技場・・・僕はあまり行きたくないな。しかし、行かなければ・・・。
「そうか」
 心の中で渋々納得させると僕はいつもより速いペースで食事を終えると一礼してその場から去っていった。自分の部屋に戻ってみたもののなんとなく躊躇われたので、少し外を歩くことにした。
 彼に案内された丘へ歩く。
(また無駄に戦わされるのか?)
 彼の表情からしてわざと闘技場を指定したわけではないだろうが、ウッドロウという人物が彼と同じ奇人とは限らない。僕の身分を手紙か何かで知って、わざと同行させるように仕向けたのか。
「僕の身などゴミに等しい・・・」
 この場所などいつなくなるか分からないのに、僕は少しでも安心していた。馬鹿だ。あんな顔を僕に向けているあいつが悪い。僕は何を勘違いしているのだろう。





 部屋に戻ると案の定あいつが居た。
「お前は人の部屋に無断ではいるんだな。僕に部屋を与えたことを後悔しているのだったらそう言ってくれ」
「え!?ご、ごめん。リオン、嫌だったの?」
「どうせ僕の身などお前の好きにできるのだったな」
 彼は初めて見せる笑顔ではない表情で僕に近づいてきた。
「さっき一緒に居たからいいんだと思ってて・・・」
「奴隷にプライバシーも何もない。そんな顔をするなら命令でもなんでもすればいい」
「俺、そんなつもりじゃっ・・・!」
「じゃあどんなつもりだったんだ?下の身分だから何してもいいと思っていたんだろう!」
 不安がっどっと押し寄せた。
「リオン・・・俺は・・・」
「僕はお前の剣の相手をするだけの存在だったな。僕が悪かった。今日は出って行ってくれないか。明日からはその役目だけに勤めるから」
 そっと彼の背中を押して部屋から追い出した。あいつは何か言いたそうだったが今は聞きたくなかった。
(出て行けと言われるならそれも運命だ)
 今は何も考えたくなくて、ベッドの上で横になり瞳を閉じた。






コメント
ケンカ無理やりすぎーwリオンの性格だったらありえるかな・・・汗