23、それでも僕は
あのスタンにとって、突然不機嫌になることは当たり前だ。
「牛乳切れてる。最悪。買ってきて」
冷蔵庫に牛乳がないことを知ったとたん、僕にそういうのもいつもの日常。
「わかった」
僕はただ了承して頼まれたものを買いに行く。
最初からスタンがこうだったわけではない。
原因は僕だ。
あれは一ヶ月前のこと。
世界が平和に包まれた日からもう半年は過ぎようとしていた。僕とスタンはダリルシェイドの郊外で一緒
に暮らすことになった。復興作業に旅立って、その日ちょうど帰ってきたときだった。
「本物の旅じゃないけど、リオンと世界を回れて嬉しかった」
「そうだな」
帰宅して僕はシャワーを浴びに行くと、スタンはソファーで横になったらしい。
しばらくして風呂場から出ると、スタンは眠りこけていた。
「全く・・・」
ため息をつきながらも何か掛けるものをと思って探しに行く。できればベッドで寝て欲しいが、僕の体で
はあいつを運べない。
タオルケットを見つけてかけてやると、僕も睡魔が襲ってきたので寝室へ行って寝てしまった。
あの時、どうして気づけなかったのだろう。
太陽の光の眩しさに目が覚めた僕は、ソファーで寝ているスタンを思い出してベッドから降りた。清々し
いほどの快晴らしく、家の中なのに少し眩しい。リビングに居るスタンを確認して、ほっとしてキッチンへ
行った。
「今日は僕が作るか」
そんな能天気なことを言いながら料理を作り始めた。スタンがなかなか起きないことは最初の旅で十分心
得ている。
簡単な朝食ができると、僕はスタンを起こしにかかった。
「スタン、朝だ。起きろ」
肩を揺らして起こす。いつもなら「むにゃ」とか「もう食べれないよ〜」とか意味の分からない言葉が飛
んでくるはずなのだが、その日は一言も発しなかった。不思議に思ったが、普通の人ならそんなことは言わ
ないと勝手に判断して起こし続けた。
「いいかげんに起きろ!朝食がさめてしまうぞ!」
「・・・」
「スタン!おい!」
「・・・」
「スタン?」
「・・・」
「・・・スタン!聞こえてないのか!おい!スタン・・・?スタン・・・?」
思いっきり肩を揺らしてみた。僕にはその時スタンが死んでるんじゃないかと思った。反応もなく、ただ
だらんと腕が落ちている。
「スタン、スタン!死んでるのか!おい!返事してくれ!」
パニックになってたかもしれない。動かない彼なんて考えられなかったから。
「スタン!」
「どうやら、少し熱があるようですね。それに・・・深い眠りに落ちているようです」
「眠っている・・・?」
「はい」
医者の診断はひどくあいまいだった。原因はわからないそうだ。
「もしかしたら疲労が続いていたのかもしれません。これは熱の原因ですが。昨夜がピークだったのかもし
れませんね」」
「・・・」
思い当たる節はたくさんある。復興作業を手伝っている間、睡眠はとっていたが、毎日が力のある者とし
て重労働だった。スタンもそこで断ることもなく、明るく働いていた。
「まさか・・・」
「まぁ、自然と目覚めるのを待つしかないですね」
そう言って医者は帰っていった。深い眠りに落ちたものを無理に起こすことは悪いらしい。僕はベッドで
寝ているスタンを呆然とただ見ているだけだった。あんなに眩しかった家が、今では薄暗い家にしか感じら
れないほどに。
(帰ってきた日、あの時あの時点で熱があったのか?)
(タオルケットなんかじゃなくてちゃんとしていたら防げたのか?)
(それ以前にもっと疲れていたかどうかちゃんとみるべきだったのでは?)
後から後から湧いてくる疑問に僕はただただ後悔した。
スタンが深い眠りについてから3日が経った。僕はかなり気が滅入っていたと思う。自分で自分を追い詰
めることはバカバカしいと思いながらも、頭の中で不安が襲い掛かってくる。考えたくないと思うほど、そ
れは無限と思えるほど湧き上がった。
「スタン、まだ寝ているのか?そろそろ起きてくれ・・・」
「ん・・・」
「?!」
微かだが、声が漏れた気がした。そう思った次の瞬間、瞼がしきりに震えているのが分かった。
「スタン!おい!」
「ん・・・ん・・・?」
うっすらと目を開けると何やらぼけっとした顔でこっちをみていた。僕はそれを見てがむしゃらに抱きつ
いた。
「スタン!良かった!良かった!」
「な、なに」
「永遠に目覚めないかと・・・っ・・・思った・・・」
泣き崩れる僕をよそにスタンはまだ混乱していた。
「目覚めない?なんのこと?」
「良かった・・・」
しばらくして落ち着いた僕に話を聞いたスタンは納得したのか、「ふーん」と言ってベッドから立った。
「大丈夫か?」
「うん」
付いていくとどうやら喉が渇いていたらしい。キッチンに入って冷蔵庫を開けたとたん、スタンは「はぁ
・・・」とため息をついた。
「どうした?」
「牛乳ないね」
「ああ、買い物に行ってないからな」
「買ってきてよ」
「なに?」
「買ってきてっていったんだよ」
それが最初の違和感だった。
それからスタンの変貌ぶりはますます目立つようになった。まるでこれが本当のスタンだとでもいうよう
に、不満があれば怒り出し、少し冷たいこと言われれば拗ね、構ってやれないと暴言を吐いた。
「嫌なら出ていったらいいじゃないか。そこまでして一緒にいなくたっていいんだから」
反論など以ての外だった。
「嫌じゃない」
スタンはずっといろんなことを我慢して生きていたのだろうか。
吐き出すところがないだけで、ストレスを感じ続けていたのだろうか。
どうして僕はそれに気がつけなかった?
目の前にいるのはスタンだと分かっていても、以前のスタンに戻ってきて欲しいと願う僕はバカだろうか
。
それでも僕は、今のスタンでさえ手放したくないと思うのだ。
たまに見せる以前のスタンのような仕草が、僕を虜にしてしまうから。
コメント
こんなスタン嫌だよ〜。私情を書き込んでみた。すいません。