『キミがその手を離すまで』
リオンがフィッツガルド地方に赴任してから一週間が過ぎたセインガルド城では、以前と変わらない生活が始まっていた。スタンも城から抜け出すといった突拍子もない行動に出るわけでもなく大人しくしている。現在勉学も優秀というウッドロウの言葉に、新しい教育係はまだ付けられていなかった。
今日のスタンはというとディムロスがいる今のうちだと彼の部屋を尋ねた。
「ディムロス先生!久しぶりに稽古しましょう!」
ノックしていきなり入るスタン。しかしそこにはディムロスの姿はどこにもなかった。
「先生は朝早いなぁ〜」
と、ディムロスがいないことをいいことに部屋の中を物色する。さして散らかっているわけではないので机の上を覗くぐらいだが。
「あ、」
スタンはなにかを発見すると、それに手をのばした。
「これ…」
スタンが手にしたのは一枚の絵だった。別に特別でもない紙に剣が描かれている。
「闘技場にあったのに似てる…」
それはスタンがあの時使用していた剣によく似ていた。
(先生が書いたのかな?)
どうしてこんな絵を、とスタンは不思議に思った。
(もしかして、探しているのかな?)
でもまさかあんなところにある剣を、と疑問に思いながらディムロスの部屋を後にした。自分の部屋に戻ろうと廊下を進む。
(リオンも先生もいないのかぁ・・・。暇だな・・・)
街に繰り出してもいいが、一人で出て行くのは寂しいものがある。スタンは自然に唯一の友達であり、好きな人のことを思い浮かべてしまう。
(・・・リオンはフィッツガルドで今何してるんだろう・・・。危ない目にあってたりするのかな・・・)
考えていると会いたい気持ちが芽生えてくる。その気持ちを打ち消すようにスタンが首を振ったときだった。
「スタン・・・?」
後ろからやってきたディムロスが彼の行動に不信を抱きつつ声をかけた。スタンは見られたことよりも、探していた人が現れたことに笑顔を見せた。
「先生!どこ行ってたんですか!」
「!・・・いや、ちょっとな。それよりこれをスタンに」
ディムロスは曖昧に濁すと、話題を逸らすかのように一つの手紙を渡した。送り主の名が書かれていない真っ白な手紙。印だけはセインガルドの印章だった。
「誰からです?」
「七将軍就任の彼からだ」
それを聞いてスタンはパッと明るくなった。
「え?!開けて良いですか?」
「お前のなんだから私に許可を求めなくともよいだろう」
「あ、そっか」
さっそく封を開けて手紙を見ると、リオンからの手紙だった。
「えーっと、何々・・・」
『スタン・セインガルドへ
こうして手紙を書くなどと思っていなかったが、今日が素晴らしい日だったので、近況報告も兼ねてここに綴ろうと思う。僕は今フィッツガルド地方にあるリーネ村に来ている。そこで世話になっている屋敷が、なんとお前の実家である、エルロン公爵家だ。驚いただろう?お前の妹のリリスはスタンに会いたがっていたぞ。少々都会にはいない女だが、お前に似て面白いな。トーマス殿も元気にしている。
素晴らしい日というのは、今日・・・スタンからすると一週間前くらいだ、僕が赴任した日だと思ってくれ。道案内にバッカスという男が案内したんだが、どうやらお前の次に友人になりそうだ。丁寧に案内をしてもらった。且つ、冗談も交えての会話も面白かった。きっと今後いろいろと一緒に行動することになるだろう。なかなか楽しい就任先になりそうだ。
そっちの生活は相変わらずか?ティンバー殿によろしくと伝えておいてくれ。では、また。
リオン・マグナスより』
「はっはっは!手紙を書きなれていないのがわかるな、しかし楽しそうでよかったじゃないか。友人もできたようだ。これで一安心だな・・・」
「バッカス・・・」
ディムロスとは違い、暗い表情のスタン。
(その男とも何かあるのか・・・?)
ディムロスはどう声をかければよいのかわからなかった。
「最後の最後でバッカスに勝負に負けたんだった・・・」
(そういうことか)
「まぁ今のお前なら勝てるのではないか?剣の腕も上がってる様だ・・・」
元気付けようとした次の瞬間、スタンは強い口調でこう言った。
「違うんですよ!池の魚をどれだけ捕れるかの勝負なんです!」
「はぁ・・・」
「いつも俺が勝ってたのに、最後に負けたんです・・・」
「まぁ、一敗くらいかまわんのではないか?」
「一敗だけだから悔しいんじゃないですか・・・」
ディムロスは口出しするたびにスタンが落ち込んでいく気がして話題を変えた。
「そ、そういえば稽古などしないのか?」
「あ!そうでした!先生やりましょう!」
一気にテンションの上がるスタン。ディムロスはほっとしたような、楽観的な考えに呆れながら稽古場へ急かすスタンの後ろをついていった。
それから一週間ごとに送られてくる手紙はスタンを安心させてはくれなかった。
「バッカス・・・バッカス・・・バッカス・・・バッカス!!リオンの手紙にはその名前しか出てこない・・・」
ベッドで寝転がりながら手紙を読んでいるスタンは内容の偏りに少し不安になっていた。
「そりゃ・・・友達になったから言いたくなるのもわかるけどさ〜。俺のこと少しくらい書いてもよくない?って・・・俺って・・・」
恋人でもなんでもないのはわかっているのだが、つい一人だとそういうことを思ってしまう自分がいることにスタンは気づいては落ち込むの繰り返し。
「行く前に告白すべきだったかな・・・」
そう思いながら寝返りを打つ。
「・・・リーネに行こう・・・」
ふと決心したようにベッドから起き上がると、スタンは大きなかばんを取り出した。
「リリスにもあってないし・・・」
衣装棚から服を取り出すと無造作にかばんにつめていく。
「そろそろ帰ってもいいんじゃないかな・・・」
適当に鞄につめ終わるとスタンは「よし!」と小さく言った。
「後は父上にうまく言えればいいんだけどな〜・・・」
そういいながらスタンはセインガルドのいる部屋へ向かった。
「今日はどこへいかれますか、リオン様」
「貴族ごっこはやめろと言ったはずだが?バカのバッカス」
一ヵ月半という月日がたった。来る前はどれだけ長い間赴任するのかと不安になっていたリオンだが、今では時間の経つ早さがどれだけ早いかを感じていた。最初に覗き場所を教えてくれたのがつい昨日のことのように感じるくらいに。バッカスの案内してくれた覗き場所には彼の言うとおり覗き魔がいることが判明した。リオンは剣を振るのも億劫なくらいの臆病者にとりあえず後ろから肩を叩いて脅しをかけてみた。もちろん相手はそれ以上そこにいることはなかったようだが。
「バカっていうなよ〜!で、どこにいくんだい?」
一通り案内し終わったバッカスの日課はリオンについていくことだった。他に同い年くらいの若者がいないからかもしれない。リオンもそれについて嫌がる様子もなく勝手にさせていた。
「今日はノイシュタット方面に行く。最近霧が発生する場所で盗賊が荒らしをしているみたいだしな」
「楽しそうだな!俺も行くよ!」
「やられない自信があるならな」
リオンはそう言いながらも内心では付いていくことに反対はしていなかった。彼の技量はこの村の誰よりもセンスが良かったからだ。
「当たり前だ!」
「僕に勝ったことなどないくせに。・・・では30分後に入り口だ」
「了解〜」
屋敷に戻ると、盗賊を狙う準備としてリオンはまず大きなかごを用意した。中には何も入っていない袋をつめる。それから旅人が使いそうなマントを用意すると、リオンはシャルティエを装備してエルロン家を出た。
「いってらっしゃい」
突然降ってきた声にリオンはそのほうへと顔を向けた。
「あぁ、リリスは僕が出かけるときがわかるみたいだな」
二階のベランダから覗き込んでいるリリスが笑った。
「もっちろん!気をつけてね」
「当然無傷で帰ってくる」
そういうリオンの一言に苦笑しながらリリスは大きく手を振って見送っていった。リオンも満足げに家を後にした。
(僕は変わったな・・・ダリルシェイドにいた頃はこんなに物事の中心に自分がいることなどなかった。いつでもどこか外側から物事を見ている感覚がしたものだが。あいつはきっといつもこんな感覚だったのか?)
「お!リオン!」
後ろから駆けてくるバッカス。
「なんだそれ?」
合流したリオンの持っているものにバッカスは目をやった。
「旅人セットだな」
「考えもしなかったな・・・」
「期待してないから大丈夫だ」
バッカスにとりあえずマントだけ渡した。バッカスはさっそくと歩きながら身に着ける。リオンもとりあえず着ると籠を肩にかけた。
「なにが入ってるんだ?」
「縄に決まってる」
「なるほど」
バッカスが納得したところで二人は村を出て行った。
ノイシュタットへ下る途中に二人の目的の場所はある。地形上季節に関係なく発生する濃霧は旅人にいたっては命を落とす場合もある。もちろんその関係でノイシュタットかリーネの人間が付き添いをしたり、それを商売にしている者もいるほどだ。それを狙って今回盗賊が現われたのだろう。
「リオンは迷わなかったのか?ここへ来るとき」
段々と白いもやが現われて来るのを感じながらバッカスは問うた。リオンとてここへ来てまだ一月半だ。
「僕は空から来たからな。迷うなんてありえない」
「あーたまに空を通るドラゴンか」
「ドラゴンか・・・そうだな」
彼がドラゴンと呼んだものは実際はドラゴンではない。
「背中に乗ってきたんだ」
「よく吹き飛ばされなかったな・・・!」
「・・・バカのバッカス」
真に受けているバッカスにリオンはため息をついた。まさかドラゴンだと信じているとは思わなかったからだ。
(スタンはあれをみたことあるのだろうな・・・)
同じようにからかってみようと考えたが、まったく無知識ではいられないあの城にいるスタンのことだ、バッカスよりは賢いだろう。
「あれはドラゴンではない」
「え?!」
「あれは機械なんだ。本物はこんなところにはいないさ。「飛行竜」と名づけられたロストテクノロジーだ。過去に陸、空、海において使用されていた乗り物の一つだ」
バッカスは驚きを隠せず固まっている。
「そんなことも知らなかったのか?」
リオンはわざと嫌味っぽく言うと、バッカスはハッと思考を回復させた。
「お、俺なんか知らないことのほうが多い決まってる」
「案外挑発に乗らないんだな」
苦笑するリオンをみてバッカスは「大人だからな」と少し子供っぽいことを呟いた。
そうして目的の場所に着いた二人は足を進め続けた。濃霧で立ち止まる旅人など誰もいないからだ。しーんと静まり返っている。二人も段々と口数が減っていき辺りに神経を使うようになる。
「ここはどの辺りだろうな・・・」
「まだ入ったばかりさ」
ここではバッカスを頼るしかない。リオンの勘など当てにはできない。今日現われるかわからないが、とりあえずリオンはノイシュタットまで下ることに決めていた。そこで一泊してまた帰ってくるのだ。
「とりあえず歩き続けるぞ」
「あいさっ」
「・・・うわぁー!!・・・」
一瞬どこからともなく叫び声のようなものがあたりに響いた。気のせいかと思えるくらいの小さな叫びだった。もちろんバッカスにも聞こえたようでリオンがそちらを向くと音のしたほうへすばやく反応し、そちらをに耳を傾けている。
「こっちだ」
「やりあっている音は聞こえるか?」
「わからない」
とりあえず二人は声のするほうへと走っていった。リオンはバッカスを見失わないように軽やかに走っていく。
「足速いよね」
「無駄口は今はいらん」
そのままバッカスは黙ってさっきの声のほうへと駆ける。リオンはその距離の遠さからバッカスの行動に不安を感じていた。
(あの声がどこからのものなどわかるものなのか?)
しかし今はバッカスの言葉を信じるしかない。
「そろそろだ」
「そうか・・・」
霧はすでにうっすらと掛かっているようなところで、この濃霧の反対の端にいることになる。リオンはそんなに遠くまで来たとは思えなかった。
(ここは・・・?)
「もう遅かったみたいだ」
バッカスの視線を追ってリオンもそっちへ向いた。人が5,6人倒れている。駆け寄ってみると目の前を通り過ぎようとしていた旅人がいた。
「待て、お前」
「お、俺のこと・・・?」
強引にリオンは腕を掴んでフードに覆われた者の足を止めた。バッカスは倒れている者を見て苦笑交じりのため息をついた。
「はなしてやんなって」
「なに?」
「どうやら倒れているのが盗賊らしいよ」
指を指されて倒れていたのは格好そして武器からして盗賊の類の物だった。
「では・・・貴方は?」
まだ確証のない段階でその腕を放すわけにはいかない。
「俺はた、旅の者です・・・!」
(・・・名乗ることもできないとは・・・)
「良ければ顔を拝見させていただきたい」
「う、まぁ・・・いいですけど・・・」
「ではこちらに来てください」
より霧の薄いところへと一緒に歩かせる。
「フードを取ってください」
そう言ってリオンは振り返り腕をようやく放した。
「・・・!!」
「・・・どうかされましたか?」
男は一瞬ビクッと動いたかとおもうとリオンのほうへ近づいて、そして抱きしめた。
「なッ・・・!」
「リオンだぁ・・・やっと会えたぁ」
「・・・」
耳元で呼ばれたその声。状況把握したリオンができることはため息くらいしかなかった・・・。
コメント
やっと恋愛だよ・・・。やっと恋愛の愛だよ・・・。なげーよ自分・・・(本当に申し訳ありません