『キミがその手を離すまで』








 太陽の眩しい光が窓から差し込んできた。小鳥がさえずる音が聞こえ、リオンはゆっくりと瞼を開く。
「はぁ・・・」
 あたりを見渡してみる。いつもの自分の屋敷ではないことを確認すると、リオンは今までのことを思い出すことができた。
「今日から半年、僕の家と・・・」
 コンコンッ・・・。
「・・・」
「おはようございます!起きてますか?」
 リオンは初めての任務のことをあれこれ考えてみ始めたのだが、扉の向こうにいる少女の声に意識を向けることになった。
「あぁ」
「朝食ができましたので、降りてきてくださいね!」
 ぱたぱたと遠ざかっていく足音を聞きながらリオンはさっそく顔を洗うことにした。
「しかし・・・どうしてここに・・・」





「たーんと食べてくださいね!」
 どんと目の前に出された朝食を見てリオンは少し体を後ろに引いてしまった。現在彼の住まいを提供している屋敷は少女一人、その祖父一人だけだった。最初訪れたときは人気のなさに驚いたほどだ。それからリオンは来る前に期待していたものを全て考えないようにしたのだった。
「り、リリスさん・・・僕はこんなには・・・」
「もう、だからそんなに細いんですよ!大きくなるにはたくさん食べないと!あと、リリスって呼んでください!さん付けなんていりませんよ!」
 リリスと呼ばれた少女は向かいに座りながら笑顔で応えた。そう、ここはスタンの実家と言えるエルロン公爵の屋敷だった。リオンは公爵と言うだけあってどんなに田舎でも物凄い屋敷があるものだと思っていたのだが、実際は大きく違った。庭もあり屋敷は屋敷なのだが、召使の一人もいない、馬を飼っている代わりに羊の放牧場が作られているわ、近所の住民は平気で尋ねてくるわで、まるで平民の一軒家のようだ。誰もが親しそうに挨拶をし、一線の境目も見当たらなかった。
「まさかお兄ちゃんの親友がくるとは思ってなかったわ。すごく美少年だし、信じられない!お兄ちゃんより王子みたいにみえるし」
「これこれ、女子がそんなに喋っているから困っておるぞ」
 リリスのステレオのような喋りようにトーマスも困った顔をした。とは言え、二人と言う少し寂しいこの屋敷に人が来たことにはとても喜んでるようだ。
「これからしばらく一緒に暮らすんじゃ。少しは落ち着くのだ」
「あははは・・・」
 トーマスに指摘されて照れているリリスを見て、リオンはやっぱり兄と似ているのだなと思った。
「スタン王子もこのようによくお話してくださいました。そういうのは慣れましたよ」
 一応フォローだけはしておこうとリオンはそういうと、リリスは懐かしそうに微笑んだ。
「やっぱりお兄ちゃんは変わってないんだなー」
(よほど仲がよいのだろうな・・・)
 そんなことを思わせるくらいリリスの瞳は輝いていた。きっと何年も会っていないのだろう。ここ一年の間妹の話や祖父の話など聞いたことはない。
「お兄ちゃんもたまにでいいから戻ってきてほしいなー・・・あ、」
 ハッと自分のいった言葉に気まずさを感じたのか、リリスは食事をし始めた。本音が出たと言うことなのだろう。
「今日はどうなさるのんじゃ?」
 トーマスはリオンに尋ねた。
「今日はとりあえず、地理を把握しておこうと思います」
「ふむ、そうじゃな」
「新しく見つかった神殿ではモンスターもでるという噂も聞きました」
リーネ村のすぐそばの洞窟から神殿が発掘された。そこに何があったのかまでは知らないが、モンスターも出現したらしい。去年ディムロスを含む発掘調査が行われてからどうなっているのかはわからないのが現状だが。
(行ってみたいが・・・)
「そうだ、周辺案内にバッカスを連れて行くがよい」
「バッカス?」
「そうじゃ、まぁ賢くないが道案内は頼れる男じゃよ。スタンの幼馴染じゃ」
(幼馴染・・・はじめて聞くな)
 リオンは一人でも大丈夫だと思ったが、その男に会ってみたいという気持ちから、周辺案内を頼むことにした。朝食もそこそこ食べた後、リリスがバッカスを呼びに行った。それまで食べたものを消化するのを待ちながら、剣の手入れをしていた。
(スタンは今頃何をしているんだろうな・・・)
 そんなに遠くない距離だが、ここを離れられなくなるという気持ちから、スタンのことを考えることが多くなるのかもしれないなとリオンは思った。ましてスタンがここにくることなどないのだから。
 そんなことを考えていると、すぐにリリスは戻ってきた。バッカスは快く承諾したらしい。さっそく外に出ると、水色よりは少し暗い色の髪をした、好青年といった男が立っていた。
「あれが、バッカスよ」
 リリスはおもむろに指を指して教えた。
「あれっていうな!・・・初めまして、バッカスです」
「僕はリオンだ」
「行きたいところどこでも大抵案内できると思うんでよろしく」
 ニコッと爽やかに笑う。どことなくウッドロウを思い出した。
「あぁ」
 軽く握手を交わすと、リリスが「夕飯までには帰ってきてね」と言いながら見送った。バッカスはとりあえず村の中の隅々まで案内することにした。
「まぁ、今日は村の中だけで終わるかもしれませんよ」
「そうか?」
「見えるとこだけってわけじゃないですからね」
「そうか・・・」
 二人は放牧場から回って村の出口までの道を歩き始めた。放牧場はさすがに広く、そこを過ぎるだけでも一時間は掛かりそうだった。
「何故羊を飼っているんだ・・・」
 ぼそっとつぶやいた言葉が聞こえたのか、バッカスは笑って答えた。
「あいつが・・・あースタン王子が羊が飼いたいって言ったらしいですよ。絵本に出てくるジョナサンに惚れたとか・・・。そのおかげでこの中の羊にもジョナサンという名前がついてるらしいです」
「そうなのか・・・」
(あいつらしいな)
 よくここで遊んでいたのだろう。羊に戯れている様子が想像できた。しかし、一つ想像できないものがあった。
「話は変わるが、公爵の屋敷は前から召使などがいないのか?」
「そんなことはないですよ。彼の父が生きていたころは何人か見かけたことがあります・・・が」
 どうしてそれを?と問いかけているような視線を感じてリオンは続けた。
「少々誰かに何かをされることに慣れている様子だったから、ああして召使がいない家でそれは変ではと思ったからだ」
「なるほど、まぁあんなところにいたら金銭感覚とかもずれて来るでしょう」
 リオンもその言葉には心の中で同意した。しかしバッカスの口調からすると、城に行ったことはあまりいい印象ではないらしい。
「もうすぐ、池に着きますよ」
 丘から見える池はとても小さく見えた。もう少し上から見れば村全体が把握できるかもしれない。リオンはどうしてそこには案内しないのだろうと疑問に思った。
「よく、あの池で二人で魚を捕まえて怒られました」
「怒られた?」
「スタンにそんなこと教えるなーって。当時は身分差が激しかったので」
 懐かしい思い出だと言った感じで笑っている。
「でもいつも遊んでいたんだな」
「そうです。スタンがこっそり抜け出して、俺のところに来て遊べってせがむので」
 当時から屋敷から抜け出す技術は習得していたらしい。リオンも同じように笑った。
「それが、前までの僕というわけか」
「やっぱり、同じことされてました?」
「あぁ。いきなり家にいるんだろう?」
「まったく持ってそのとおりです」
 二人は今度は同時に笑った。リオンはこうして初めて会った彼に好意が持てることに驚いたが、共通する「スタン」という話題があるおかげかもしれないと思った。この村で生活する上で気まずい印象を持たれることはご法度だとトーマスが言っていた。よそ者であるうちはよそ者でしかないのだと。
 池に着くと思ったよりも広いことに驚いた。あんなに小さく見えたものが向こう側が見えないくらい広いとは思ってなかったからだ。
「ここで魚が捕まえられるのか?」
「そうですね、潜って、どろどろになって」
「・・・なるほどな」
 リオンはそういうことはしたことはない。庶民とはいえ、街の中で暮らし剣術と勉学を学んできたことくらいだ。
「次は、マギーおばさんの畑や、商店などがあるところです。一回は通ったことあるでしょう?」
「あぁ」
「肉屋の保障はしますが、魚屋はノイシュタットのほうが旨いです。パン屋は店長が少しおかしな人ですが、味は保障します」
 そんな詳しいところから見かけた人がどういう人だというところまで詳細に教えてくれた。最後に教えてくれた場所は何故か屋敷の裏で・・・。
「ここにはよく人がいるんです」
「何故だ?」
「リリスの入浴シーンが見られるからだそうですよ」
 にっこり笑顔で教えてくれたがリオンは頭を押さえた。
「前科は?」
「俺はないですよ。あったら一緒に住むことに抗議してますよ」
 冗談めかして連れてきてくれたここを最後に今日は終わりにした。ちょうど日も傾いている、これ以上暗くなってから探索しても場所がわからなくなるだけだ。
「今日はすまない」
「いや、俺も楽しかったです。最初は貴族の人って聞いたのでどんな人かとおもったんですが」
「勘違いしているようだが、僕は貴族でもなんでもないぞ」
「え?」
 リオンの言葉に驚いたバッカスは少し考えてから「王族?」と聞き返した。リオンはその回答に苦笑するとリリスの言っていた言葉を思い返した。
「そういえば、リリスが僕のことを王子のようだと言っていたな。しかし、残念だが、僕は一般庶民だ」
「そうなんですか?」
「七将軍の中にも庶民がいるということだな。だから年下に敬語を使う必要もないというわけだ」
 リオンがしたり顔でそういったのを聞いて、バッカスは意味を理解した。
「俺を騙してたなー!」
「勝手に勘違いしていたんだ。僕のせいじゃない」
「ってまぁ、いいけどな!明日は村の外を案内するよ」
「わかった。ではな」
「あぁ」
 そうして別れたあと、リオンは満足げに屋敷に戻っていった。


「バッカスはなかなかいいやつじゃったろう?」
 屋敷に戻ってきて、トーマスに会うと何故か見透かしたようにそう言った。
「ええ、トーマス殿もさすがです」
 リオンはそういうとトーマスもふぉっふぉっふぉと笑って通り過ぎていった。リリスはその会話で通じた二人をみて頭の上にはてながいっぱい飛んでいたのは言うまでもない。
 自室に戻ったリオンはなんだかこの満たされた思いをスタンに伝えるため手紙を書くことにした。手紙を出してと言われていたのだが、書く内容に困ると思ったためあいまいな返事しかしなかったのだが、早速書くことになるとは。
 リオンは書きながらこの手紙のせいで一騒動起こることなんてまったく考えていなかった。





コメント
バッカスはPS版の記憶しかございません!
スタンもバッカスを置いて旅に出たんですからどうでもいい男だったんでしょうね(ぁ