『キミがその手を離すまで』
しばらく二人は一年の終わり、つまり年末行事で忙しい日々が続いた。王子であるスタンもそろそろ成人という年齢になるため王の傍らで学ぶことが多くなり、リオンも他国から戻ってきた七将軍と一緒に来年の街の警備のあり方や、気になる各地の現象について話し合っていた。リオンもまた一つ年齢を重ねる時期だ。子供のままではいられないことを次第に感じ始めていた。
「ウッドロウよ、おぬしが来てまだ3ヶ月くらいしか経たぬというのに、スタンの成長ぶりには驚いた。やはり招いて正解だった。」
「いえ、とんでもございません」
静かに一礼すると、満足そうに微笑んだ。実際勉学については素晴らしい成長ぶりだった。あれだけ苦手だった歴史分野や数式分野が今ではすらすらと述べられるようにまでなっている。
「本当はこのような形で迎えるのは好ましくなかったと思う」
王は眉を寄せて心から申し訳ないといった風だ。
「そんなことはございません。王の配慮は十分理解しております」
それを悟ったのか、ウッドロウはそういうと静かに微笑んだ。
「スタン君に出会えることも出来ましたし、色々いい体験をさせていただいております」
「そう言ってくれると助かる・・・ところで、そなたの父から手紙が来ていたぞ。とはいえ、外見は白紙だが・・・」
王国騎士によって運ばれた小さなレターをウッドロウは受け取った。裏にはロウで封が施されている。その赤いロウに刻まれた紋章をみて、少し微笑んだ。
「父上からですか?珍しいですね」
ウッドロウは王を気にすることなくその場で封を切った。手紙の内容を見てみるとなんとも簡潔な言葉だった。
「どうやら一時帰国せよ、ということみたいです」
ため息ををついたウッドロウ。王は残念そうな表情を見せた。
「すぐにこちらへ返されることでしょう」
「本来ならばここにいてはならない身、父上にもすまないと礼を述べておいてくれないか?」
「わかりました。それでは失礼させていただきます」
扉を閉めたウッドロウはため息をついた。
「王か・・・」
ウッドロウにとってそれは苦痛でしかなかった。
久しぶりに一日中暇なスタンは、うーんと大きく伸びをした。リオンは仕事で忙しいらしく、王もウッドロウとなにやら話していて部屋に入れてもらえない。剣の稽古でもするかなーと思っていると、部屋を出たスタンの前にウッドロウがいた。
「あ、どうしたんですか?」
「今日は休みだったね?少し私に付き合ってはくれないかい?」
その一言に少し警戒心が芽生えた。
「いや、街に行こうと思ってね」
街かぁと思考を巡らせる。よく出かけるようになってから街のことは大体分かっているので、いざとなれば逃げ出せばいいかとスタンは頷いた。
「じゃあ行こうか」
今のスタンにとってあまりウッドロウは脅威を感じる相手ではなくなっていた。
気候の暖かな土地に建てられている王都とはいえ、冬の寒さは人々にとって厳しいものだった。ちらほらと雪も舞っている。はぁ・・・と息を洩らせば白くなって空へと消えていった。
「ウッドロウさん、寒くないんですか?」
スタンは白い毛皮コートに手袋、マフラー、帽子と完全装備の格好。それに対してウッドロウはいつものローブにポンチョのような羽織るタイプの布を添えただけだった。
「なぁに、私の住んでいるところに比べれば、ここは暖かい」
本当に平気そうだ。
「ウッドロウさんって何処出身なんですか?」
「ハイデルベルグ城のある場所だよ」
「分かる気する・・・」
よく日焼けした褐色の肌といい、へんな爽やかさといい、この寒さに対する格好といい、雪国の人間らしいイメージだ。
「まぁ、コレは関係ない話だが、もうすぐ帰らなければならなくてね」
この一言でスタンは自分が連れ出された意味を理解した。
「そういうことなら」
スタンはそう言って苦笑すると、ウッドロウは困った顔をした。
「やれやれ」
二人が最初に向かった場所はアクセサリー屋だった。スタンはこういうところに入ったことが無いので少し緊張している。
「男がこういうこところ行くなんて・・・」
「宝石には色々な効果があることは知っているだろう?男が入ってはいけないなんてそっちのほうが不思議だな」
そう言われて見れば普通の装飾品の棚と、装備品ようの棚が分かれて並べられている。アクセサリーは両方変わらないようなデザインなので人目にはわからない。先客にも何人か男性がいるようだ。
「装備品なのにとても綺麗ですね・・・」
「誰だって綺麗なほうがいいものだよ。スタン君はどんなのがいいんだい?」
ウッドロウにそう言われて真剣に見始める。どれもセンスは悪くない。
「迷いますね〜」
「これなんかどうだい?」
それは一つのイヤリングだった。黄色が可愛らしく光っている。
「コレならピアスじゃないから穴を開けなくていいし、君の髪の色とぴったりだと思うよ」
「イヤリングなんてしたこと無いですよ!」
「今時の男性だってつけていると思うが?」
そう思ってみるとリオンも確かイヤリングのようなものをつけていた気がする。
「試しに付けてみよう。嫌なら取ればいいのだから」
恐る恐る付けてみる。痛くない程度に締めて鏡を見た。それほど嫌じゃない、むしろ何だか大人になったような、そんな不思議な気分だった。
「似合ってるじゃないか。よし、それを買おう」
「え?」
言うや否やウッドロウは店員に声を掛けている。
「ちょ、ちょっと・・・」
「いいじゃないか。私もこの指輪を買うことにしたしね」
結局オニキスの指輪とルチルクウォーツのイヤリングを購入した。スタンは何だかそわそわと落ち着かない様子だ。イヤリングをつけていることを周りに何か言われるんじゃないかと気にしてしまうのだ。
「そんな不審者みたいな行動をしているほうがおかしいよ」
ウッドロウに笑われた。スタンは何だか恥ずかしくなってしゅんと顔を伏せていた。「すまない、だがイヤリングがそんなに見えるわけじゃないし、似合ってるんだ。堂々としていればいいよ」
次に入ったお店は王都一の高級ホテルのカフェだった。スタンはまたも入るのに緊張している。金銭的問題ではない、行ったことのない店ばかりだからだ。レストランや武器屋、カフェなどもちろん行ったことがあるが、皆街の一角のお店ばかりだ。城に住んでいる以上ホテルなどいくことはない。
「いつも城で綺麗な部屋で豪華な料理を食べているだろう?」
「慣れた場所とはさすがに違いますよ・・・」
ウェイターに案内され席に座るとメニューが運ばれてくる。その店でも街を一望できる特等席だ。
「お決まりでしょうか?」
「私はホットコーヒーをくれ」
「お、俺はアイスコーヒー!」
「甘いものはいらないのかい?」
「うっ・・・じゃあティラミスを・・・」
本当は甘いものを食べたかったのが本音だ。相手がコーヒーを選んでくるあたり何故かジュースとは言えなかった。なんだか自分がとても子供じみていると思ったからなのかもしれない。ウッドロウを見ると右肘をテーブルに付けてこちらを見ている。
「な、なんですか?!」
「何もないよ」
にっこりと爽やかな笑みで言われた。それから景色のほうを見つめる仕草は何故かウッドロウがかっこよく見えた。
(でも、こうしてみると端麗な顔つきだよな・・・)
かなり女性にもてるはずだ。文武両道、才色兼備とくればもちろん男の憧れでもある。スタンはそんなことを考えていると、心臓が少しづつ早まっていくのを感じていた。
(ど、どうしたんだー俺ー?!)
一人コロコロと表情を変えていくスタンにウッドロウは気づいた。
「どうしたんだい?」
「な、なんでもっ!!」
冷静を取り戻すため深呼吸をしてみる。ウッドロウはそれが何故かおかしかった。
「ははは、緊張しすぎだよ」
「そ、そうですよね〜!」
そう言ってると頼んだものが運ばれてきた。スタンは思いっきり砂糖とミルクを入れている。ウッドロウは反対に何も入れないで、そのままブラックで飲み始めた。唇にカップが触れる。ただ普通に飲んでいるだけなのにドキドキしてしまう。
(俺どうしたんだろ・・・)
そして、一回意識してしまうとスタンは隣を歩いていることさえ出来なくなっていた。ウッドロウが次の場所に行こうとするとさっきまでとは違い、俯き加減で後ろを付いて行く。気分が悪いのかと尋ねてみれば、「大丈夫です」と返事が返ってきた。
「そうかい?なら海に行こう。この時間なら不思議な現象が見られるかもしれない」
「不思議な?」
「そう、お楽しみだけど」
ウッドロウは楽しそうに歩調を進めると、スタンもそれに付いて行くように歩いていった。ウッドロウが向かったのは漁港ではなかった。ダリルシェイドの門をくぐり、外へと出る。
「お、俺、外出たこと無いんですけど・・・」
スタンは不安げにウッドロウに話しかける。
「わたしがいるから大丈夫さ。コレでも弓も剣も使えるからね」
そう言って腰の剣をスタンに見せた。スタンはローブの下にそんなものを隠し持っているとは思っていなかったので正直驚いた。
「剣で戦えるんですか!?」
「一応ね」
「なら大丈夫かもしれないですね・・・」
何だか別の不安を感じるが、不思議な現象とやらを見てみたいと思うスタン。誰も人がいない海岸沿いを少し行くと「ここだよ」と言われた。
地平線には朱色の夕日が眩しいくらい輝いている。街からもさほど離れていないのでスタンは適当に転がっている大きな石の上に座った。
「うわぁ〜!これですか〜?」
「ちがうよ。しばらく夕日をみててごらん」
そう言いながらウッドロウもスタンの隣に座る。何故かそれだけでドキドキと鼓動が早まる心臓にスタンは夕日どころではなかった。
(な、なんだよー俺ー。リオンが好きなんだろー)
もし部屋の中だったりしたら顔が赤いのがばれてしまっていたが、夕日を見ているおかげでウッドロウにはばれない。顔を見られないように一心に夕日を見ていると、次第に地平線の向こうへ夕日が落ちていく。
「ほら、すごいだろう」
「あ、」
夕日が沈んでいく中、地平線との間でもう一つの夕日と重なっていく。
「夕日が・・・重なって沈んでいく・・・」
とても不思議な光景だった。空と海の境界線に飲み込まれていっているようだ。スタンの目の輝きに満足したのかウッドロウは「良かった」と呟いた。
「キミがこの現象を知っているかどうかドキドキしたよ」
(俺は今、何故か貴方にドキドキしているよ)
「知りませんでした」
さっと視線を夕日に戻す。意外に日が落ちるのは早い。あっという間の出来事のようだ。しばらくして夜になった。こうなると一気に冷え込むだろう。
(ウッドロウさん大丈夫かな)
そんなことを考えて、帰ったほうがいいと思ったときだった。
「スタン君」
「ん・・・っ!?」
振り向くと同時にスタンの視界はさっきよりも暗かった。気づいた時にはもう何をしているかということよりも、何だか気持ちがいいという思いが何故か強かった。
(な、何で・・・?)
「ふっ・・・あ・・・んっ・・・あぁ・・・」
スタンは唇をなぞっていた舌が口内に入ってくる感触に気づいて肩を震わせる。まるでそれを期待していたかのように身体はぴくんっと跳ねる。
「・・・やぁ・・・あぁ・・・・・ふぅ・・・」
やめて欲しいはずなのに、スタンの手はウッドロウのローブにしっかりとしがみついていた。ウッドロウはそんなスタンの表情を見つめながら目元を緩める。
ようやく離してもらったときは息が上がってしまっていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「嫌、だったかい?」
その言葉は卑怯だとスタンは思った。嫌だったらとっくに抵抗していることくらいウッドロウが知らないわけではないのだ。悔しそうな顔を見せたくなくて俯くスタン。
「私は、まだキミのことが忘れられないんだ。過去の行為は許されると思ってないけどね」
長々と語りだすのかとスタンは思ったが全然違うかった。
「もう一度キスしたい。嫌だったら抵抗して構わないよ・・・」
奪い取るくらいの勢いかと思ったけど、そっと触れるようにキスしてきた。嫌だと思っているはずなのに、抵抗できないスタンがいる。リオンのことを思いながら、この行為を素直に気持ちいいと受け止めてしまっている自分にスタンは悲しくなった。
リオン・・・リオン・・・リオン・・・・・・・・・・・
リオン・・・
コメント
最近キスされまくりですね〜。感度のいい子は困りますね〜(コラァ
R指定じゃないですよね???