『キミがその手を離すまで』







 ディムロスが居なくなった城では、頻繁に街へと繰り出すスタンの姿が見受けられた。王は社会見学だと言われると断る理由もないので、スタンの好きにさせていたが、もちろん勉強など全くしておらず、ウッドロウが部屋を訪れる頃には、街へと繰り出すということを繰り返していた。
「リオーン!」
 目的地はただ一つ。城に比べると劣ってしまうが、リオンが住む立派な屋敷がスタンの目的地だ。その屋敷のメイドであるマリアンとも親しくなり、彼にとって最も居心地のいい場所となっている。王子が来るとあって最初は皆緊張したものだが、最近では当たり前の光景となっていた。
「あら、おはようございます。リオン坊ちゃんなら城へ行かれましたよ」
 優しい微笑みで話しかけるマリアン。その言葉にがっかりした表情を見せたスタンはこの後に行く場所を考えている。
「リオンがいないのか〜。どうしよ〜」
「昨日の落雷についての被害報告書を出しに行くだけだと言っていましたから、直に帰ってこられると思います。プリンでも食べてお待ちになったらいかがでしょうか」
「うん!」
 リビングに案内されながら、そういえば昨日港に雷が落ちていたことを思い出した。久しぶりの大雨で夜は騒ぎになったらしい。
(リオンって色々なことしてるよな・・・)
 護衛のときか無理やり家に遊びに行くときくらいしか見たことがないので、何をしているかなどは全く知らない。
 椅子に座り、運ばれたプリンを口に頬張る。他では味わえない美味しさが口の中に広がり、笑顔が自然とこぼれた。
「ほんと、ここのプリンは最高!!マリアンさんが作ってるって聞いたけど・・・」
「ええ、そんなに美味しそうに食していただけて光栄ですわ」
 まったりとした時間を堪能していると、そこにリオンが帰ってきた。スタンを見るなり「はぁ・・・」とため息をつき不機嫌な表情になる。
「お前、他に行くところはないのか」
「リオンに会えるから!それにプリン美味しいし」
「目当てはプリンだろう。マリアン、僕にも」
「かしこまりました」
 向かいの席に座ったリオンは美味しそうにプリンを食べるスタンを見た。この前のパーティーの出来事について未だに何も聞いてはいない。こうしてのんきな顔を見せられると何も無かったかのようにさえ最近は思い始めていた。
「お持ちしました、どうぞ」
「ああ」
(でも僕の家に来ているということは、あいつに会いたくないんだろうな)sk
 プリンを口に運ぶとほんのひと時だけだがいろんなことが忘れられる。そんなことを思いながらまた一口と堪能していると、スタンがリオンのほうを見ていることに気が付いた。
「なんだ?」
「んー、リオンの剣って珍しいなーっと思ってさ。特注?」
 傍に立てかけた剣を見た。綺麗な細工が施してあり、湾曲した鞘が光に反射して光っている。
「これは・・・僕の師匠がくれたものだ」
 何かを思い出すように目を細めた。
「え?リオンにも先生がいるんだ」
「・・・もうこの世にはいないがな」
「あ、ごめん・・・」
 なんとなく気まずい雰囲気が流れた。スタンはクレメンテ老のことを思い出しているのか、まるで自分のことのように俯いた。
「・・・僕はもう悲しんではいない。それを乗り越えるべきことこそが先に旅立ったものの何よりの願いだと思うからな」
「乗り越える・・・」
「さて・・・お前の今後の予定はなんだ?僕の家に逃げ出して来ただけか?」
 リオンの言葉に反応したスタンは気まずさ故か俯いたままだった。
「僕にはどうでもいいことだが」
(・・・俺の気持ちなんてリオンには分からないよ)
「そうだ、来週、僕は居ないからな」
「どうして?」
「ノイシュタットの闘技場の催しに呼ばれている」
「闘技場!?」
 俯いた顔を勢いよく上げた。目を輝かせて見つめられてリオンは少し引き気味になった。先ほどのことなどすっかり忘れたようだ。
「あ・・・あぁ」
「俺も行きたい!リオン!いつ行くんだ?!」
「明後日だが・・・」
 ガタッと椅子から立ち上がったスタンは、「待っててくれ!」と叫んで何処かへ行ってしまった。残されたリオンは呆然としたまま座っていたが、少し経つと大きなため息をついた。
(あのバカ王子、王に会いに行ったな・・・)
 想像が容易に付くところが情けないと思いながら、それよりも結果が見えていることのほうが情けないと感じたりオンであった。
「まぁいいか」
 それから残っていたプリンを食べ終えるととりあえずマリアンを呼んだ。


「すまんが、許可できない。それだけは」
「そんなっ・・・!」
 王の自室から大きな声が響き渡った。スタンが初めて見せた抵抗の声に王は驚いたが、その願いを許可するわけにはいかなかった。
「お前の身に何かあったらどうするのだ」
 その言葉にしばらく黙ったままだったスタン。抵抗してくるかと思ったら意外とあっさりと納得した言葉がでた。
「・・・わかりました」
 と、言っておとなしくそのまま部屋を出ていったあと、一旦自室へ戻っていった。そして部屋を見渡したスタンは「よし!」と言って何やらし始めた様子だった。
(父上、ごめんなさい)

「リオ〜ン」 
 しばらくして、小説を読んで待っていたリオンの元に戻ってきたスタンは暗そうな表情だった。リオンは案の定と言った感じで小さくため息をついて小説を閉じた。
「王に会って断られたか」
「うん・・・」
「そんなことだろうと思った」
 そう言われて苦笑したスタン。
「それだけ言いに来たんだ。俺、このあと用事あるから・・・」
 そう言ってすぐに去っていったスタンの様子にリオンは違和感を感じた。しかし別にどうと言うわけでもないので小説をまた開き読み始めた。
「まさか・・・な」
 嫌な予感が一瞬よぎったが、あえて考えないよう小説に集中した。最近の的中度は妙に冴えていたからだった。

 そして2日後、リオンは意を決してノイシュタット行きの船に乗り込み、即座に部屋のベッドへと急いだ。入り口で説明と案内をしてくれる乗組員に悪いと思ったが、それを断り部屋の場所だけ教えてもらい去ったくらいだ。
(何故移動手段がこんなものしかないんだ・・・)
 陸が繋がっていればと何度呪ったことだろうか。寝る支度を整えると、一等室の豪華なベッドにもぐりこみ、瞳を閉じた。
(お願いだからあいつが何かしてませんように)
 そう祈りながら。
 一方リオンの不安の種は港へと赴いていた。小さな荷物を肩に掛け、船が見える裏路地に潜むような姿で。
(うーん、どうやって入ろう・・・。きっと父上に何か言われてそうだしな・・・)
 数々の乗客が船に入っていく中、スタンはあることに気が付いた。それは荷物を運んでいる乗組員の姿だ。
(荷物は別の場所から載せるんだ)
 さっと辺りを見渡すと、丁度そこに大きな荷車を引いた商人のような男が通りかかるのが見えた。乗組員に何かを話した後、倉庫へ向かっていった。どうやら港の倉庫から荷物を運び出すらしい。スタンはそっと倉庫へ近づくと隙を見て入っていった。中は薄暗く、大きな箱が無造作に置かれていた。
(空き箱とか無いかな・・・)
 見渡してみると、箱一つ一つに紙が張り付いている。
(ん?・・・日付か、これは明日のだ。あっ、今日の日付が書いてある)
 中をそーっと覗くと何冊かの本が入っているだけだった。
『あとは、端の荷物を運ぶだけか・・・』
『そうですね』
(やばいっ!!)
 とっさにその箱の中に入ったスタンは狭いながらも何とか入った。華奢な身体が功を奏したのかもしれない。
「これも運ぶんですか?」
「そうだ。これは大事にな。たしかレンブラント様からの依頼だったはずだ」
 持ち運ぼうとして男が箱を掴むと「うっ」と声を上げた。
「重っ・・・何入ってるんですか〜?」
「本だからあんまり揺らすな。重いのは仕方ない」
(何冊入れてるんだ・・・)
 男は不満を漏らしながらもゆっくりと持ち上げた。
「怪力を自慢にしてたから雇ったんだ。根を上げるのか」
「持てないといってないですよ!ほら、行きますよ」
「全く・・・」
 中で聞いていたスタンは息を潜めながらも静まらない心臓の音でビクビクしていた。
(見つかりませんように!見つかりませんように!)
 願いが通じたのか否か、スタンはゴロゴロという音のあとに静かに波打つ音が聞こえ、そして大きな音が聞こえたと思ったら、辺りはしーんと静まり返った。船が揺れるまでの我慢だと思いながらじっとしていると、いつの間にかスタンはそのまま夢の中へと寝入ってしまったのであった。
 翌朝、荷物室から不気味な声が聞こえる事件が発生したのは言うまでも無い。

「いました!この中です!」
 ノイシュタットに着いた船は、荷物室から声がするという怪奇現象で乗組員の間で噂になっていた。しかし何処から聞こえてくるのか分からないということで、乗客の乗り降りが大幅に遅れ、声の主が発見されたのは出航時間の20分後だった。
「お前!何をしている!」
「ZZZ・・・」
 怒鳴られてもなんのその。一度寝入ってしまったスタンな異様なほど目覚めが悪かった。乗組員はイライラを募らせながらも箱から引っ張り出す。
「おい!起きろ!!!」
 スタンは思い切り顔に水をかぶせられてようやく目が覚めた。目の前を見ると何人もの乗組員に囲まれており、現状が把握できなかった。
「なんだ〜?」
「なんだ〜?じゃねぇー!!密航野郎がぁ!!」
「密航???・・・あっ!」
 何が起こったのかやっと把握できたスタンは、今度は自分がピンチであることに気がついた。
「あー、えー、これはですね〜」
「言い訳は無用!牢にぶちこんでやる!」
「ご、ごめんなさい!俺、金はあるんです!ちょっと事情があって!!」
 騒ぎは船を出たすぐであったため、少し人だかりが出来てきた。縄はつけられていないものの、囲まれたスタンは逃げ出そうにも逃げられない。
「金があるのにそんなところにいるほうがよっぽど怪しいやつだ」
「そういわれても〜」
「どうしたのですか?」
 四苦八苦しているスタンのところへ、一人の女性が割って入ってきた。紫色の長い髪が印象的な女性だ。
「イレーヌ様!これは・・・」
「この者が密航していたのです」
「俺、ちょっと事情があってこんな形でしか乗れなかったんです!お金は払いますから!!助けてください!!」
 スタンは必死に頭を下げると、イレーヌは頷いた。
「こういっていますし、お金も払ってくれるみたいです。それに悪い子には見えないわ。ここは許してあげてはどうですか?」
 イレーヌに言われてはと渋々納得した乗組員たちはお金をきちっと払うということで承諾した。スタンはお金を払い許してもらうと、イレーヌの傍に向かった。
「本当にありがとうございます!俺、なんでもお礼しますから!」
「いいのよ、スタン王子様」
「!?」
 思わぬ言葉が飛び出してきた。スタンは慌てて自分の身体を見渡したが、紋章もそれとわかるような服も身に付けていないことを確かめた。
「あら、私も一度城に呼ばれたことがあるのよ。レンブラント博士を知らないかしら?」
「すみません・・・」
「ふふふ、いいのよ。私はその娘のイレーヌよ。帰ったら聞いてみたら誰か教えてくれると思うわ。どうしてここに?」
「俺、闘技場を見に行きたくて、抜け出してきたんです・・・」
「じゃあ、あそこを真っ直ぐいった先の十字路を右に行けばあるわ」
 てっきり怒られるのかと思ったら道順を教えられたのでスタンは少なからず驚いた。
「あの、何もいわないんですか?」
「男の子はそのくらいのほうがいいわ」
 笑顔で「またね」と言って去っていったイレーヌをしばらくぽかーんとして見つめていると、後ろから呼ばれていることに気づいた。
「おい!」
「へっ?」
 振り返るとそこにはとっても不機嫌なリオンの姿があった。
「り、リオン!先に降りたんじゃないのか!」
「寝てたから僕が最後だった。それより、何故ここに居るんだ・・・」
「あ、えーっと・・・」
 密航してきました〜なんていうと怒られると思ったスタンは、とっさに逃げた。
「おい!」
 逃げ足だけはスタンのほうが速かったのか、リオンは途中で見失ってしまった。ノイシュタットに来て早々走ると思わなかったリオンはイライラしながら宿屋へと向かった。
(とりあえず、チェックインとスタンのことを言っておくか)
 嫌な予感が的中したリオンは、これから怒る嫌な予感に大きなため息をついた。
 一方スタンのほうは、必死で逃げ出してきたため闘技場とはまったく違う場所に来ていた。最初みた港からみると何だか格段に整備されていない道であり、その際に建っている家も相当ボロボロな家が目立つ。
「こ、ここはどこ?うわっ・・・!」
 呆然としていると、後ろから誰かがぶつかった。振り返るとそこには子供が尻をついていた。
「そんなところでつったってるな!」
「あ、ごめん」
 立ち上がって服の汚れをはたいて去っていこうとする。
「あ、待って!」
「なに?」
「いやー、闘技場のある場所知ってるかなぁっと・・・」
 それを聞いた子供は思いっきり笑った。
「お兄ちゃん、迷子?あははは!いいよ、教えてあげる。その道をずっと行くと噴水が見えるよ。その噴水から北に行けば闘技場ね」
「ありがとう!」
 さっそく教えられた道へと走っていったスタン。子供はにこにこしながらその後姿を見つめていた。
「行っても意味ないよ、お兄ちゃん」

 その頃ようやくチェックインを済ませて、スタンのことを話しておいたリオンは、まだ残っている仕事のために宿を出た。
(これからゆっくり出来る時間だったんだが・・・)
 考えてもしかたない。バカ王子がこんなことをするきっかけを作ったのは自分なのだ。と自分を納得させて街へ繰り出した。
「・・・闘技場か」
 スタンが目を輝かせた場所に手っ取り早く行くのが一番だと考えたリオンは、闘技場に向かった。大きな白い石造りの橋を超えた先に闘技場は存在する。急ぐ必要は無いとゆっくり向かっていると、案の定見慣れた顔が見えた。
「・・・何しに来ているんだ」
 そこに見えたのは港同様に警備員に追い出されているスタンの姿だった。
「金が無いなら入れないよ!まして戦いたいなんて無理無理」
「俺、ちゃんと持ってきたのに〜!」
「そんなこと知るか、帰れ!」
 呆れてそのまま帰ろうとしたかったリオンだが、とりあえず声を掛けてみることにした。
「おい・・・」
「あ!リオン!」
 リオンに見つかってあたふたしているスタンは、また逃げ出そうと考えたが一つの大きな橋にたっていることを思い出して断念した。
「これは・・・」
「とりあえず、僕と来い」
「え、え〜〜」
「え〜じゃない!来い!」
 腕を掴んで引っ張っていく様は明らかに周りから変な目で見られているだろう。リオンはここで自分の顔が知れ渡っていることに後悔を感じた。あとで何かを言われるのは間違いない。
「少しは自分の馬鹿さ加減に気づけ!」
「ゴメン・・・」
 宿屋についてリオンの部屋に行ったスタンは、30分ほど説教かつ文句を言われた。そのあとここまで来た過程の説明を求められて弱弱しく話すと、呆れて大きなため息をついたリオンが見えた。
「密航して、ガキに財布を掏られて、闘技場にも入れないと・・・」
「うう、盗まれたかは分からないけど・・・」
「何しに来たんだお前は」
「闘技場だよ?と・う・ぎ・じ・よ・う!剣術を学ぶものなら一度は出てみて自分の力を試してみたいと思うものじゃないか!俺、出てみたかった!あの城で先生とだけ戦ってるなんて意味が無い気がして・・・」
 スタンのその熱い思いには感心するが、それとこれとは話が違う。
「お前は一国の王子だぞ、どこかの田舎者とは違うんだ。何かあったらどうする気だ。お前一人で戦争だって始まるかもしれないんだ」
「でも、閉じ込めてばかりいることが正しいとは思わない」
「なら、諦めてないで王を説得しろ。自分の強さをみせるなりなんなりして信頼を得てみろ」
「父上にそんなこと・・・」
「なら諦めろ。・・・今回は僕が帰る時まで面倒をみてやってもいいけどな。次からは知らない」
「・・・」
 黙ったままのスタンを置いてリオンは部屋を出て行った。
(僕も甘いな・・・)
 そのまま一階へ降りてフロントでもう一人分の宿泊費を払う。
「お部屋はどうされますか?」
「同じでいい」
(何処に行くか分からないからな・・・)
 用を済ませたあと、部屋に戻った。まだスタンはベッドに座ったまま何かを考えている。放っていると声を掛けられた。
「リオン、お金ない。俺、どうやって帰ろう・・・」
「・・・バカめ」
 あとから聞いた話だが、スタンの所持金は10万Gだったらしい。




コメント
大幅に言うとこの辺からリオン編です。その後ウッドロウ編が・・・。
(たまにつく程度でネットが繋がりません・・・。(OD●め!
eo●に変えたらUPも早くなるかと・・・。