「キミがその手を離すまで」








 翌朝、スタンは街に出ていた。色々な人が集う街ダリルシェイドは、今日も活気で溢れている。気分転換にとセインガルド王に告げると、二名の護衛をつける約束で外に出させてくれた。お小遣いも渡され、ラフな格好である。
「先生ー、リオン、こっちこっち!!」
 呼ばれた二人は呆れた顔をしながらもスタンのほうへ駆け寄る。久しぶりに街に出たことが嬉しかったのか、スタンはあっちこっちの店に入ってはその店の様子をみたり、商品を見物していた。特に武器屋に興味があるのか、その類の店があればすぐに駆けて行ってしまう。護衛の任に付けられた時はディムロスとリオンはこんなに大変なものだとは気づきもしなかっただろう。
「王子!離れるのは止めてください!」
 イライラした表情で駆け寄るリオンにスタンは申し訳なさそうに謝る。
「ごめん、つい走っちゃうんだよ」
(これだからバカは嫌だ・・・)
「本当に、走らなくても店は待ってくれている。少しは落ち着け」
「はーい」
 ディムロスの言葉を素直に受け取ったのか、これ以降走ることは無かったが、連れまわされることには変わりなかった。
 ようやくお昼が近づくと、スタンは一つのレストランに入っていった。これで落ち着けると、二人は同時にため息をついた。
「スタン様、このたびはよくぞご来店頂きました」
「ここはとってもおいしいからね。先生もリオンも好きなものを食べてね」
 さすが王子である。5つ星高級レストランなど怖気づく様子もなく、好きなものを頼んでいく。今のリオンでさえ行ったことはあるが、1,2回程度である。
 二人が料理を頼み終えると、スタンの興味はリオンに集中した。
「すごいよな〜、その若さで七将軍と同じくらいの力を持つんだろ?やっぱり天才はいるもんだね」
「僕はただ強くなりたかっただけですよ」
「そうなんだ。あ、家はこの街にあるの?」
 突如剣術の話とは全く関係のない話をされてリオンは一瞬不機嫌になった。しかし相手は王子である。そんな一面もクールな表情でごまかしたつもりだったのだが、スタンは気づいたようだった。
「あ、ごめん、変な意味じゃないんだ。あ、変かも。街にあるなら今度遊びに行きたくて」
「何故ですか?」
「リオンと友達になりたくて」
 笑顔で言い切ったスタンの顔をみて、またリオンは不機嫌になった。
(バカ王子の友達だと?・・・しかし仲良くしとけば損は無いか)
「いいですよ。屋敷は街にあります」
 その横で二人の様子をみていたディムロスは微笑ましいような、困ったような顔でみていた。リオンの思惑が読めているのもあり、それに気づかないスタンが可愛いようでありと、どうしたものかと考えている。
「友達なら敬語は止めてくれよな!スタンでいいから」
「・・・わかった」
 なんだか考えている内に話はまとまったようで、料理もタイミング良く出てきた。昼食を終えた後の街探検はリオンとスタンの保護者になる形でディムロスはついていった。一人で先々行くことはなくなったものの、実は口の悪いリオンと天然のスタンとの掛け合いが今度は周りに目立っていた。リオンも敬語禁止令を素直に受け取ったのか、容赦の無い言葉が飛び交う。
「んーアレは何だろうな〜?」
「・・・釣具も知らないのか」
 店に置かれていた一本の竿。そう言えば港の出店ですら置いてあるところは少ない。
「アレで魚を獲るんだ。漁の場合網を使うのが一般的だがな」
「あれで魚が獲れるのか!買ってもいいですか?先生」
 くるりと振り替えておねだりするスタン。突然のことにまた固まってしまった。
(不意打ちは卑怯だぞ)
 リオンがじーっと睨んでいることに気づいて、正気に戻ったディムロスはとっさに笑顔で応えた。
「まぁ、いいんではないか?金は渡されていたはずだろう」
「はい!5万ガルドで足りますか?」
 その言葉に二人はため息をつく。ディムロスが苦笑しながらも「足りる」と応えるとさっそく買いにいった。リオンは腕組をしながらディムロスを横目で見た。
「お坊ちゃん過ぎるのでは?」
「ははは、そうだな。今度来た教育係にでも伝えておくか」
 スタンは何やら使い方を教えてもらっているらしい。おじさんの話す説明に聞き入ってるようだ。
「教育係と言うと、ウッドロウか。彼はどんな方なのですか?」
「ん、気さくな方だよ。親切でいい人というところか。まぁスタンは勉学が嫌いだからかいい顔はしなかったがな」
 それを聞いて自分の考えはとりこし苦労だったか、とリオンは思い直した。
(まぁ変わったやつではあるが)
「リオーン!聞いてくれよ!エサはミミズとか海老でいいんだって!結構簡単かもな!」
 こんなバカの心配をしている自分を虚しく感じたリオンは早々に考えるのをやめて、スタンにツッコミを入れることに専念した。
 三時ごろになってようやく街を回り終え、スタンもそろそろ城へ戻る時間が来た。夕方にはウッドロウのための歓迎パーティが開かれる予定になっている。もちろん顔見せのために城にいる騎士、剣士、貴族その他も全員呼ばれている。
「リオン、リオンもパーティに呼ばれてるんだろ?」
「あぁ、そうだな。また会おう」
「良かった〜!わかった。じゃあまたね」
 城の門でリオンと別れたスタンは姿が見えなくなるまで見送っていた。彼の顔が見えなくなると、ふと疲れたのか、気が抜けたのか、悲しい表情を見せた。
「疲れたのか?・・・また会えるじゃないか」
「あはは、ありがとうございます。先生、では俺行きますね」
 苦笑したスタンが何だかおかしく感じたが、その後すぐに別れたので声を掛けることは出来なかった。笑顔を見せているとはいえ、まだ傷はいえていないのかとディムロスはため息をついた。




 夕暮れ、パーティ会場には大勢の招待客が集まっていた。会場はいくつかの白いクロスが掛けられた丸いテーブルがあり、その上に豪華な食事と高級な飲み物がいくつか置かれている。天井にはシャンデリアが眩しいくらいに並んでいた。
 今日は七将軍ですら鎧を脱いでおり、真っ赤なドレスを着たアトワイトやスーツ姿のディムロスなどが他の参加者と語り合っている。
「今日はこの度、新しくスタンの教育係になったウッドロウ氏の歓迎パーティに来てくれて嬉しく思う」
 玉座を中心にライトが照らされる。王の声を聞いた人々が一斉にそちらへ顔を向ける。
「ウッドロウ氏から挨拶があるので聞いて欲しい」
 そういうと王の右側に立っていたウッドロウが一歩前にでた。白を基調としたスーツを着ており、全体的に爽やかなイメージである。
「ご紹介いただきました、ウッドロウ・ケルヴィンです。この度、スタン王子の教育係を任されるということで、大変光栄に思います。至らないところもありますが、どうぞよろしくお願いします」
 一礼すると、周りから拍手がなった。拍手をしながら見ていたリオンは、その爽やかさな様子に少し呆れていた。
(あれは地なんだろうな・・・)
「リオン、リオン」
「ん?」
 後ろから呼ばれたと思ったらスタンだった。本来、向こう側に立っているべき人間がいないと思ったが、まさか自分の後ろにいるとは思わなかったので、驚いた顔をリオンは見せてしまった。
「あはは、そんな顔もするんだ!」
「うるさい・・・」
 一番いわれたくなかったスタンに言われて少し不機嫌になる。
「ごめん、ねぇ、あっちいこ」
「あっちって・・・お前はあそこにいなくていいのか?」
「いいんだ。いこう!」
 ぐっと腕を掴まれてしまったリオンは仕方なく付いていった。人だかりを少し押しのけてきた先は、一番隅のテラスだ。今は王の話に聞き入ってるのか、他のものはいない。
「あんなの聞いてても仕方ないだろ?」
「まぁ、そうだが・・・」
 スタンに付いていった理由にそれもあった。大人たちの会話は今の自分には関係のないことだ。リオンにとって教育係と仲良くする必要もない。
「リオンも今日はスーツなんだ。似合ってる」
 唐突に笑顔で褒められた。リオンは一瞬驚いたように目を開いたが、すぐにいつもの表情に戻した。
「い、いきなり、変なことを言うな。ただ黒いだけだ」
「気に障った?ごめん」
 そういいながらもスタンの顔は笑っていた。からかわれていることに気がついたリオンはむすっと不機嫌な顔になる。スタンにとってそんな風にすぐに表情が変わるリオンが何だかおかしかった。
「リオンってクールに見えてそうじゃないんだ」
「知るかっ!!」
 その反応にまた笑ってしまったスタンに、リオンは何も言わずに会場へ戻ろうと背を向けた。
「ごめん!待って、待って!」
 慌てて呼び止める。リオンを追って腕を掴むと思いっきり跳ね返された。
「お前は何がしたいんだ!」
「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ。ただ大人しか相手がいなかったからつい・・・」
 本気で落ち込んでいるのか、俯いている。またからかうんじゃないかと疑いつつも様子を見ていると密かに身体が震えていた。
「・・・からかったりするな」
「うん、ごめん」
「ったく、どっちが年下何だか」
 大きなため息をつくと自分よりも背が高いスタンの頭に手を置いた。スタンはそれに気がついて顔をあげると、照れ隠しのためかそっぽを向いたリオンが見える。
「友達なんだろう」
「うん!」
 その一言で元気を取り戻したのかスタンは笑顔でそういった。その笑顔を見てまた照れくさそうにそっぽを向いたリオンは、自分のしていることが心の中では信じられなかった。
(こいつといると僕がおかしくなる・・・)
 こいつも変わってるなんて呟きながら、スタンのほうを見ると複雑な表情でどこかを見ているようだった。
「スタン・・・?」
「ここにいたのか、スタン君・・・とリオン君」
 振り返るとそこにはウッドロウが笑顔で立っていた。スタンは一歩、また一歩と嫌がるように後ろへ後退していく。
「私は相当嫌われてるみたいだ。さすがに傷ついてしまうな」
「貴方が悪いんだ・・・」
 その様子にリオンはもしかしたら自分の考えが正しかったのではないかとこのとき思い直した。スタンの尋常でない怯え方は勉強嫌いのそれとは違う。
「ウッドロウ氏、どうしてここに?」
「スタン君の姿が見えなかったようでね。心配で来たんだ。君がいるなら安心だね」
 そう言ってみせる笑顔は何故か今までの笑みとは違う雰囲気を持っているような気がした。実際リオンには殺気のようなものが感じられる。
「じゃあ、私は戻るとするよ。スタン君、夜風で風邪を引かないように、では」
 ウッドロウが去って行った後のスタンの様子は異常だった。顔色は悪く、肩に触れるとさっと離れていく。
「ご、ごめん」
「いや、あの男と何かあったのか?」
 その質問にスタンはより辛そうな表情をみせた。その顔をみてリオンは聞いてはならないことを聞いたことに気づいた。
「話したくないならいい。今日は部屋に戻ったらどうだ?」
「戻りたくない。あの部屋には・・・」
 弱弱しく話すスタンにどうしていいかわからずにいると、丁度そこにディムロスが通りかかった。
「あ、ホントにここに居たのか。ん?どうした?」
「気分が悪いらしい」
 スタンの様子に気づいたのか、ディムロスも近くへと駆け寄る。
「先生・・・」
「どうしたんだ?!すごい顔色が悪い・・・。リオン何かあったのか?」
 リオンは名前を呼ばれて疑われているのかと一瞬思ったが、ディムロスの顔はそうではないらしい。単純に心配して尋ねたようすだった。
「夜風に当たっていたんだ」
 なんとなく嘘をついた。スタンを横目で見ると視線が合って少しうなずいた。
「そうか、私の部屋が近いが、休んでいくか?」
「・・・はい」
「リオンもくるか?」
「いや、僕は戻ることにします。貴方がいれば大丈夫だと思いますし」
 そう言われたディムロスは正直困っていた。
(二人きりにさせないでくれ・・・)
 しかし、結局ディムロスは一人で付き添うことになり、リオンとは分かれた。リオンも決して付き添いたくないわけではなかったが、一緒にいれば気になって関係を聞いてしまうかもしれない恐れがあったので逃れるために去っていった。
(過去に何かあったんだろうか?)
 ウッドロウに聞くわけにもいかないので、その疑問は心の中で留まるにいたり、リオンのモヤモヤした気持ちはその日しばらく続いた。
 一方部屋へと連れて寝かせたまでは良かったが、面倒を見る形となったディムロスは戻ることもできず、ベッドの傍で黙ったまま付き添っていた。
「・・・」
「・・・」
 長い沈黙が部屋を漂う。
(このところスタンは調子が悪いな・・・。心配だが私もそろそろここを発たねばならないので困ったもんだ)
 瞳を閉じているスタンの髪をそっと撫でる。艶やかな金色の髪が指先を滑り落ちた。その行為がなんだかディムロスはドキっとするものを感じたので手を離そうとした。しかし、スタンが途中で手を掴んだ。
「す、スタン!?」
「先生・・・俺、戻りたくない」
「なっ・・・」
 今にも涙が零れそうな瞳で見つめられた。
(そ、それは、スタン、いわゆる誘い受けというやつかー?!)
 一人嬉しい驚きのディムロスをよそにスタンは真剣な声で続ける。
「怖い・・・俺、あの人が怖い。どうして戻ってきたんだろ、どうしてあんな平気な顔で近づいてくるの?またあの日が続くの・・・?」
「・・・スタン?」
 話を飲み込めないディムロスはスタンが何のことを言っているのか理解するのに時間がかかった。どうやら真剣な悩みごとだったことに気づくと、さっきの言葉繰り返し頭のなかで反復させた。
「もしかして、あの人とは・・・」
「ウッドロウさんです・・・」
 何故?―ディムロスんはその言葉がまず浮かんだ。出会った限りでは悪印象を受けた記憶が無い。
「何かあったのか?」
「・・・」
 沈黙のまま俯いたスタン。
「・・・わかった、と言いたいところだが私がこの城に滞在するのは後三日くらいなのだ」
「えっ・・・!」
「ここの所ゴタゴタしてて言えなかったんだが、ノイシュタットに赴かねばならない」
「・・・そうなんですか」
 落胆を隠せないスタンは弱弱しい声でそういった。最も信頼している先生だからこそ打ち明けようとしたのだが、そうもいかなくなってしまった。
「それまでの間何かあったら私に言ってくれ。すまないな、スタン」
「謝らなくても・・・こんなことを言われても困るのは先生じゃないですか」
 精一杯の笑顔で励まそうとしたスタンをみて、ディムロスはさらに落ち込んでしまった。
(好きなやつの相談にもまともに立ち会えないなんて・・・。それにあんな顔をさせてしまった・・・)
 悔しいが今更変更するわけにもいかなかった。
「いつ戻ってくるんですか?」
「多分半年は向こうだろう。リーネというノイシュタットの北の村で神殿が発見されたらしい。調査団を守る護衛としていかねばならない」
「先生が行くってことは魔物が出るんですね」
「多分な」
「気をつけてくださいね」
 掴まれた手の力が強くなったのを感じたディムロスは安心させるようにもう片方の手で頭を撫でた。
「なに、私が死ぬわけないだろう」
「そうですね。俺の先生だから」
「ああ、さて今日はもう寝ろ。スタンが寝るまでそばにいてやるから」
 我ながら恥ずかしい言葉を口にしたと思ったときにはもう遅かったが、スタンは素直にその言葉を受けとった。ゆっくりと瞳を閉じたスタンは不安を感じずにはいられなかったが、ディムロスの手から伝わる暖かさのおかげかぐっすりと眠ることが出来た。
 一方ディムロスはスタンの言葉について悶々と考えていた。スタンが寝て、ソファーで眠ろうとしたが、その日は少しの睡眠で朝日を迎えることになる。


 そして三日後、ディムロスはノイシュタットへと去ってしまった。





コメント
リオン、やっとスタンと絡む・・・。
リオンに敬語を話させるのは違和感が・・・。やっとこさディムロスがどっかに行きました(失礼