10.もと居た世界




 爽やかな朝日のもと、学校から始業ベルが鳴り響いた。遊戯は皆と遊んでいたカードを直すと自分の席についた。先生が教室に入るか入らないかのギリギリの時間帯に、滅多に来ない生徒が教室に入ってきた。
「げっ、海馬のやつ来なくていいのによ!」
「フン、凡骨が」
 くだらない会話は結構だと言わないばかりに海馬はすぐに自分の席に座る。すぐ後に担任が来てホームルームが始まった。
 窓際に座っている遊戯は頬杖を付いて窓を見ている。
(遊戯・・・?)
 いつもなら何かと声を掛けてくるはずの彼がまだ振り向くことさえしてはいなかった。
(何か考え事でもあるのだろう)
 そう思った瞬間、遊戯は正面を向いた。前の席の生徒にプリントを配られたからだ。海馬はじっとその様子を見ていると妙な違和感を感じた。
(・・・なんだ?)
 違和感の正体ははっきりしない。
(気に入らんな)
 無性にイライラしてくるのを感じずに入られなかった。


 昼休み、城之内や杏子達は遊戯の席に集まってお昼を食べていた。その間遊戯に変わったことは無い。普段のように笑ったり困ったりと表情を変えながら談話していた。さっきのはなんだったんだと思いながらも、海馬はパソコンの画面を見直し携帯食を口にした。
「あれ?」
 声を掛けたのは獏良だった。
「遊戯君がキミに一言も声を掛けないなんて珍しいね。ケンカしたの?」
「貴様には関係のないことだ」
『ケンカしたの?』その一言に思い当たる節は無いはずだった。昨日少しばかり遊戯に格闘ゲームについての意見を述べてもらう際、『意見の出し合い』はしたもののケンカしたといった感じは無かった。モクバも何も言っていなかったと頭の中で確認する。
(何かあったのか・・・?)
 その変化に気づいたのは、獏良と海馬だけだった。

 放課後、珍しく学校に居た海馬を担任が驚いてみていたことを思い浮かべながら帰り支度をしているところだった。遊戯は教室でぽつんと窓を眺めていた。終わったことに気づかなかったのかと疑問に思いながら、立ち上がり海馬から声を掛けてみることにした。
「終わったぞ」
 その声にびくっと肩が揺れた。それはどこか怯えているようにひどく震えたのだ。
「う、うん・・・」
 焦るようにかけてあった鞄を持つと遊戯は立ち上がる。
「じゃぁ」
 小さく、そしてまるで逃げ去るように目を背けて言った一言に海馬は遊戯の腕を掴んだ。腕についたアクセサリーが揺れた。
「貴様、俺を避けているな」
「そんなこと無いよ・・・」
 その声が震えているのは明らかだった。
「ふぅん、何があった」
「だから・・・っ」
「俺は不愉快だ」
「・・・」
(どうして・・・どうして・・・)
 遊戯の心はひどく揺れていた。
 海馬が声を掛けてきたからではない。自分の心の戸惑いに投げかけた言葉だった。
 何も言わないで泣きそうになっている遊戯を見て海馬はため息をついた。
「これでは俺が苛めているみたいだ」
 掴んでいた腕を放すと、遊戯は泣いた。海馬はただそれを見つめていることしか出来なかった。イライラする気持ちが遊戯に優しく接することを拒ませたからだ。
「勝手に泣くな。訳を聞きたいだけだ・・・」
 無視して帰ることもできたのだが、何故かできなかった。態度にはイラついても、理由がなければそんなことはしないと思っているからだ。
「わかってたんだ・・・うっ・・覚悟だって・・・ひっく・・してたつもりだった・・・」
(覚悟?)
 遊戯の言っていることはわからなかったが、相当話しは長そうだと海馬は思った。時計を見る、もうすぐ夕方の5時になる。
「来い」
「ふぇっ?」
 手を引っ張られて遊戯は海馬の後を付いて行った。
「俺は忙しい。こんなところでのんびりお前の話を聞いていられん」
「だったら・・・帰してよ・・・」
「不愉快にさせた罰だ。今日は屋敷にいろ」
 たまに海馬は遊戯を泊めることがあった。モクバがとかそういった理由をつけることが多いのだけれども。
「携帯で、話せる・・・っ」
「貴様が出ない場合もあるからな」
 そう言われて遊戯は黙った。もちろんそうするつもりだったからだ。
「フン・・・」
 学校を出るとリムジンが止まっていた。「乗れ」と言われて仕方なく遊戯は乗った。逃がさないように後ろで睨まれていたからだ。
「屋敷に向かえ」
「かしこまりました」
 遊戯はただ小さくなって屋敷に着くのを待っていた。車内では一言も言葉を発することなかった。
「着いたぞ」
 自動に開かれた扉に促されて遊戯は車から出た。また海馬に引っ張られるようにして屋敷に入ると海馬は召使いに大きな声で脅しをかけた。
「遊戯を屋敷からだすな。出したらどうなるかわかっているな」
「は、はい」
 遊戯にも聞こえた。わざと海馬がそうしたのだ。
 こうすれば逃げるわけが無い。
 海馬は急いで会社に向かっていった。ぽつんと残された遊戯は召使いに案内されて海馬の部屋に連れて行かれた。
(ずるいよ・・・)



「遊戯ー!!ただいま!」
 大きく扉が開かれたと思うと、そこには元気よく帰ってきたモクバだった。
「モクバ君・・・?」
 うっすらと目を開ける。どうやら遊戯は寝ていたらしい。三時間は経過していた。
「寝てたのか、悪いことしちまったぜぃ・・・」
「そんなことないよ」
 後ろを見ても海馬の姿は見えない。まだ会社に残っているのだろうかと思っていると、モクバがタイミングよく海馬のことを話し始めた。
「兄サマも帰ってるぜ!夕食、夕食!」
(何がそんなに嬉しいんだろう?)
 遊戯はモクバの後を着いていく。ダイニングルームへ行くとそこには海馬が座って待っていた。
「連れてきたか」
「うん、遊戯はそこに座れよ!」
 指定された席、と言ってもいつも座ってる席だ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
 こうして時間は何事もなく過ぎていった。


 深夜、モクバが就寝して20分が経った。
(何を話せばいいんだろう。海馬君がこの話しをして信じるかな・・・)
 海馬の部屋で待たされた遊戯は悲しささえもとうに無くなり、虚しさだけが心を占めていた。冷静になったわけではない、どうでもよくなっていた。
「遊戯」
(学校では貴様って呼ぶのに)
「ン・・・」
 部屋に入ってきた海馬の目を合わせなかった。
「話してもらうぞ」
「・・・キミが信じてくれるとは思って無いけど」
「これから話すことは信じてやろう」
「・・・わかった」
 一呼吸置いて遊戯は話し始めた。この世界では昨日起こった、そしてあちらの世界ではおよそ10日間の出来事を。
 

 全ての話しが終わった後、海馬はため息をついた。
(やはり信じてない)
「話しはわかった」
「くだらないことだよね。それに気持ち悪いでしょ」
 くだらない、そんなことはわかっていた。
(わかっていたけど、どうしても海馬君とセトを別人なんだと見れなかった)
「好きだったのか」
「そうだよ、気持ち悪いよね」
「それでいうと俺がさけられている理由は・・・好きな者に似ているからか」
「・・・」
 遊戯は答えなかった。海馬のことさえ好きなのだから。考えてみれば最初に好きになったのは海馬のほうだ。
「それとも、俺のことが好きだから・・・か」
「・・・!」
 目を見開いて驚いた。海馬が好きだなんて一言も遊戯は言わなかったからだ。セトを好きになったと言っただけなのに。
「お前が驚くな、話しを聞いていればそういうことだろう」
「・・・」
「それともこれは俺の勘違いか?」
 「そうだよ」っと偽りを述べることは出来なかった。だからついやけになって遊戯は答える。
「当たり。ボクはキミのことが好きで、セトのことも好き。だから見ていられなかったんだ」
 「これでいいでしょ」と帰ろうとする遊戯を海馬は呼び止めた。
「まだ何かあるの?ボクのこと気持ち悪いでしょ?こんなボクのことほっといて・・・?!」
 あとの言葉は続かなかった。海馬が思い切り遊戯を抱きしめたからだ。
「何、するッ・・・」
「フン、勝手に言い逃げすることは許さない。気持ち悪いとさっきから言ってるが、ならば俺も気持ちの悪い男だ。遊戯が・・・他の男のことで悩んでいることに嫉妬している。且つ、好きといわれて喜んでいる男だ」
「か、海馬君・・・」
 腕が緩められると、自然に見詰め合うことになった。遊戯はしばらく驚きで視線をはずせなかった。
「俺も・・・好きだ」
「・・・だ、ダメだよ!ボクはセトと・・・」
「それは遊戯があっちの世界に居る間だけのはずだ。違うか?」
(それはそうだけど・・・でも・・・)
「あのセトに気を使っているのか、ふん、どうせ過去の遺物だ。知る由も無い、だが遊戯が気にするというのならば、気持ちが落ち着くまで待ってやろう」
 抱きしめていた腕が離れた。遊戯は海馬の優しさにまた泣きそうになった。
「ごめん」
 遊戯はそう呟くと、海馬邸から去っていった。
 自分のしている行為が、海馬に好きといわれて喜んでいる自分が許せなかったからだ。
 いつの間にかもう会えないセトのほうが想いは強くなっていた。この世界に帰る前はあれだけここに戻ることを望んでいたというのに、今はただセトに会いたかった。会えるならばあの場所に居ても構わないと。
「セト・・・」
 腕に付けたアクセサリーが静かに揺れた。
「会いたいよ・・・」





 それから、童実野町で遊戯の姿を見たものはいない。







コメント
やっと終わりました。何だか御題に沿ってなかったような・・・?w
最後まで読んでいただいてありがとうございます。