9.帰りたくない






 しばらくして戻ってきた二人の姿を見て、セトは盛大にため息をついた。セトにとってはどちらも大切な人なのだ。想いは違えども。
「ただいま」
「フン、二人とも知らぬところで勝手に消えることなど許さんぞ」
 そんなセトの精一杯の「おかえり」を聞いて二人はわかってしまって笑った。それからセトは通常職務に戻った。今日は闘技場の建設段階を見るのと、集会があるらしい。遊戯はその日、アテムと二人で街へと出かけていた。最初はセトとも一緒に出て行ったが、観光するっと言って二人になった。マナといえばカードを借りて師匠に魔法を見てもらうと言って街の外へと出て行った。たまに聞こえる大きな爆音はきっとマナのものだろう。笑っている二人とは別に、街の警備隊は大慌てで駆け寄っていったものだ。
「相棒」
「ん?」
 二人は装飾品の売っている出店に立ち寄っていた。さすがに金の製品はないが、宝石の原石の欠片でできたものなどが置いてある。
「何か買おう」
「何言ってるの?ボクたちお金なんて・・・」
「これ、売ったらお金になると思って持って来たんだぜ」
 そう言ってマントの中にあるポケットからピアスを取り出した。それはファラオだったときに身に付けていた装飾の一部だ。
「そ、それはまずいんじゃ・・・」
「いくらで買い取ってくれる?」
「あ、ちょっとー!!」
 遊戯の呼びかけも無視して店の女主人にイヤリングを見せてみる。彼女はじーっとそれを見つめた後、驚いてからにっこりと笑った。
(わかりやすい反応・・・)
 遊戯は呆れてそれを見ている。
「これは素晴らしいものですね!!うちの商品なんかには置いてない金のピアスじゃないですか!これでしたら4万ポンドくらいでしょうね。こんなもの売っていいんですか?」
「あぁ、で、これ三つくれ」
「わかりました!」
 女主人は似た形のした腕輪をアテムに渡してからお釣りを渡した。遊戯はこの店は破綻するんじゃないかというくらい貰った気がして心配したが、彼女はにこにこと笑っている。きっと他でもっと高値で売るつもりなんだろう。
「相棒」
「ありがとう」
 女の子がつけるようなものよりは可愛げが無かったが、遊戯とアテムはそれをつけた。
「後でセトに渡せよ」
「うん!」




「お師匠様ってほんと厳しいんだから・・・」
 一方、魔法力が高いだけで不安定だと叱られてしまったマナは基礎を思い出すためにと図書室へきていた。
「お前がいつまでも成長しないからだ」
「これでも一人前なんです!」
 精神の安定について書いてある本を読んでいるマナの傍で、マハードは先日の本を見ていた。先々代の王の書物など滅多に読めるものでは無い。マナは真剣に読んでいるマハードを横目に勉強をしているフリをしている。
(こんなのまた読むのやだー・・・!)
「ちゃんと読まないから加減がわからぬのだ」
「!」
 心の中でも読まれたのかと思ったが、マナのことをわかっているからこそ出た言葉だった。マハードはマナのほうなど見ていなかったが、わかっているらしい。
(お師匠様ってやっぱりすごい・・・)
「・・・これは・・・」
「どうしました?」
 マナが覗き込んだのをみてマハードは眉を寄せて咳払いをした。
「こちらに興味をもってどうする。・・・いや、いつマスターが居なくなるのかと思っていたのだが、どうやらセトが心満たされた時みたいだ」
「『栄光の輝きに心満たされたと感じ、余は振り返り共に戦ったあの者達に礼を述べようとした時、すでに余からその者は消えていた』ですか・・・、でも一体セトは何を願ったんでしょうね?」
 マナは首を傾げる。マハードも少し考えてみたがすぐにそれをやめた。
「私は知らん。マスターが知っていれば私はそれで構わない」
「僕は知りたいと思うけどなー」
 その言葉に流されそうになったマハードは、ハッと完全に勉強から離れているのに気づいた。
「そんなことよりこの本を読め!」
「はーい」
 慌てて本を持ったマナだったが、もうすでに昼の時間であった。


 セトが昼食のために王宮に戻ってきたときにはすでに他の3人は食堂で待っていた。いつ戻ってくるかわからないセトをどうやら待っていたようだ。
「遅いぜ!セト」
「待てといった覚えは無い」
 「ファラオを差し置いて与えられている身分なため)先に食べるのはよくない」と言った遊戯は二人の会話に申し訳なさそうにした。
「ごめん、もう一人のボク・・・」
「気にしなくていいぜ」
 料理が運ばれてくる。最近では盛大に料理が運ばれてくることはない。食べきれないものを処分することがもったいないと遊戯が言ったからだ。セトは左前にいる遊戯を見た。アテムと仲良さそうに話している。
(いつまでこの光景を見ていられるのだろうか・・・)
 わかっていても不安は消えることは無い。そんなことを考えながらセトは二人の腕に新しいアクセサリーがついていることに気がついた。
(思い出を残すためか・・・?)
 存在しなくなっても消えない証。
(彼らには元々その証が存在するのだろう。だが私は遊戯にそのようなものを残せるだろうか?)
 しばらくセトがそんなことを考えていたせいか、遊戯は自分が見られていることに気がついた。最初は視線に照れていたが、途中から見ているのはこのアクセサリーだということに気がついた。
「セト、はいこれ!」
「・・・あ、何だ?」
 目の前に差し出された物が一瞬何かわからなかった。
「お揃いの腕輪だよ」
「ちなみに俺ともおそろいだぜ!」
 そんなことはわかっていると思いながら、渡されたものを手に取った。今つけているものと一緒に身に付けてはくすんでしまうようなアクセサリーだったが、セトには一番意味のあるものだった。
「ありがたく貰っておく。しかし金など持っていたのか?」
「ファラオだった頃の装飾品を売ったから大丈夫だぜ!」
「・・・王家のものに何をしているのだ!!」
 自信満々に呟いた台詞は、今日一番のセトの怒声を呼ぶものになった。
 


 その夜、遊戯はセトの部屋に来ていた。今日売ってしまったピアスを再び買い戻そうかどうしようか、まだ迷っているらしかった。
「僕には大切さがわからないけど、もう一人のボクがしたことはボクは嬉しかったんだ。だからもう怒らないでね」
「・・・フン、もっと違うものであればよかったんだが。・・・良いか」
 遊戯が喜んだのならばそれでいいかもしれない。遊戯のことになるとどうしても許してしまう自分がいることに気付く。このことをアテムが知っていれば、とんだ食わせ者である。そんなことを考える自分がいることもまた可笑しくてセトは笑った。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。…遊戯」
 優しく名前を呼ぶと頬を染めながら恐る恐る近づいてくる。ベッドの側まで行くと座っているセトに手をとられ抱きすくめられた。恥ずかしくて声が出せない遊戯を見て頭に手を置いてそっと撫でた。
「ボク、セトがそうすると何だかとっても気持ち良いんだ」
「・・・まるで猫だな」
 その言葉の意味を真に知る者はセトだけだ。
「今日はいつもより寒いね」
「そうか?私にはいつもより暖かいが」
 そういってキスをする。
「なな、さらりとそんなことしないでよっ!」
 刹那に奪われた唇に戸惑った遊戯は恥ずかしくて飛びのいた。セトはその様子が愛しいと思う。
(末期だな…)
 そんな自分は嫌いじゃない。
「ボク、何か飲み物持ってくる」
「誰かに頼めばいいだろう」
「ボクがいく!」
 飛び出すように走り去っていく遊戯を見てセトはニヤリと笑った。
(恥じて冷ましに行ったか)
 想像にたやすい行動がまたセトに幸せを与える。一つ一つの遊戯の行動が自分の言動で変わるのが面白かった。
(遊戯…)
心の中で名前を呼ぶだけでは足りない存在。
「遊戯」
その言葉一つでセトの心は満ち足りた。


カチッ


「え?」


 時は突如として動き出す。


 それは終わりの始まり。



「セトッ!」
 視界は音もなく消えた。何かに捕まろうとした手が空をきった。
「ボクはっ…」
 落ちる。
「ボクはまだっ…」
 その速さは堕ちるが如く。
「嫌だっ…!」
 その視界は闇。
「嫌だぁぁあああああ!」