5.現実の痛み
目が覚めて辺りを見渡すとどうやら元の自分の部屋のようだ。鳥が鳴く声が何処かで響き、砂が風にさらわれる音がする。ベッドから出て窓を見ると朝日が眩しいくらい照り付けている。
(あの夢は私の心の中だったのかもしれないな・・・)
しかし、今更何故あの夢を見せたのだろう。
一方遊戯はあまり眠れなかった。
昨夜のセトの告白からなかなか鼓動の速さが収まらなかったせいだ。
遊戯にとってはかなり刺激的で、甘美な言葉だった。
――――遊戯、好きだ。
(ボク、ボクは・・・海馬君が好きなんだ。だから、だから・・・)
今セトに感じてる想いを何とか否定する遊戯。
しかし、顔も、声も、仕草も似ている彼からの言葉に動揺してしまう。
(海馬君と重ねてるだけだよ。うん)
ベッドから起きて身支度をすると何でもないかのようにセトの部屋に向かった。もう他の皆はそこにいてなにやら話しているようだ。
セトは朝届いた書簡を読んでいた。遊戯を一瞬見やったがすぐに視線を戻した。
(き、気まずいなぁ・・・)
「おはようございます!マスター!」
「おはよう!相棒!どうしたんだ?」
「おはよう、マナ、もう一人のボク。・・・どうしてそんなこと聞くの?」
勤めて冷静になろうとした。
「なんか顔色悪い気がするぜ。大丈夫か?」
「昨夜は何だか寝付けなくて」
「そうか」
アテムはセトのほうを見たが、何の反応も示さなかったので遊戯の言葉に納得した。遊戯はアテムにつられてまたセトを見てしまい慌てて視線を動かした。
「これからどうする?元の場所に帰る方法が全く分からないぜ」
「うん、ボクたちこのままここにいるのかな〜?」
(じーちゃんやママたちはどうしてるんだろう・・・。未来では時が進んでるのかな?)
そんなことを考えるとますます不安になってくる遊戯とは裏腹に、ここに居ればよいとセトと同じことを考えているアテムがいた。
(相棒が帰るときは俺との別れの時でもあるんだ・・・)
事実、決別の決闘をしたとはいえ、一緒にいたいと強く思った。しかし、あのまま遊戯たちと一緒にいても遊戯のためにならないと思ったからだ。城之内、杏子、本田が最後に伝えてくれた思いに内心心揺れていたが、その言葉に目を瞑ることが出来たのもそういうことがあったからだろうとアテムは思う。
(でもこの世界が俺の夢ならば覚めて欲しくはないぜ・・・)
記憶の世界を元に作られた夢なのか、または現実なのか。
「とりあえず、今日すべきことを考えようぜ。マナと話していたんだが、王宮内にある図書室へ行ってみようと思ってるんだ」
「そうだね、手がかりが少しでもあればいいんだけど・・・」
そういう遊戯を見ながらマナとアテムは少し悩んだ顔をした。
「どうしたの?」
「相棒・・・相棒はどうする?」
「え?」
遊戯は一瞬どうしてそんなことを聞かれるのか分からなかった。
「本はヒエログラフで書かれてるんだ。相棒は読めないだろ・・・?」
遊戯はようやくその意味を理解した。遊戯が一緒に図書室へ行っても文字は読めないのだから探しようが無いのだ。それに無理に一緒に行ったとしても遊戯は何も出来ないことに後悔するかもしれない、そう思ってアテムは言ったのだった。
「ボク・・・ボクは・・・」
「遊戯、私はお前に話がある。だからここにいろ」
突然話に入ってきたセト。
「何の話だ、セト!」
セトの言い回しにアテムは突っかかる。遊戯にとって一番二人きりになりたくない相手だが、何処にも行く場所が無い遊戯は理由のあるセトの言葉に従うしかない。
「後で彼に尋ねられればよい」
「そう言ってることだし、僕はセトと待ってるよ」
遊戯にそう言われてしまえばセトへの追求もやめるしかない。アテムは仕方なく遊戯の言うとおりにした。
「はい、もう一人のボク。マハードさんのカード持って行ってね」
「コレは・・・」
「マハードさんはコレを通じて出現できるみたい。図書室なんていうから大量の本でしょ?人数は多いほうがいいよ」
にっこりと笑って差し出す遊戯。アテムがしっかりと受け取るとマハードが現れた。
「マハードさん、今はアテムが所有者だから一緒に行ってくださいね」
「わかりました」
「師匠がいれば百人力だい!さっそくいこうアテム!」
「あぁ、行ってくるぜ相棒!」
マナの言葉に押されるようにしてアテムとマナとマハードは図書室へと向かった。遊戯を一人セトの傍に置いておくことは嫌だったが、海馬とは違うと思うしかないアテムだった。
(相棒になんかあったらただじゃおかない!!)
一方、遊戯はセトが書簡を読み終えるのを待っていた。彼も仕事があることは分かってるが、一体自分に何の話があるんだろうと考える。
(昨日のことなのかな・・・。でもセトが話を終わらせたんだし、違うのかな・・・)
じーっとセトは自分のほうを見ている視線に気づいた。もうすぐ読み終わるのだが、遊戯の視線が少し気になってしまう。
(遊戯・・・)
「・・・あまり見られてもな」
「!」
その言葉に遊戯の顔は真っ赤になる。慌てて視線を下に移す姿をみて可愛らしいと思った。
「ご、ごめんなさい」
「謝るのが好きなのだな。この三日で何回聞いただろうか」
クックック・・・と笑う。笑う仕草は海馬そっくりだが、セトと海馬が違う点を遊戯はふと思い浮かんだ。
(海馬君は同じ言葉を言っても、きっと嫌味そうに言って、してやったりな感じだけど、セトは面白いから笑ってる。言うことも海馬君よりストレートだし、やっぱり違うんだなぁ)
またじーっと見られている。セトはそう思ったが今度はあえて何も言わなかった。きっと同じことをいっても遊戯はまた俯いて謝るのだろう。これは遊戯の一種の癖なのかもしれないとセトは思った。
五分くらいして書簡を読み終えたセトは何か少し書くと、遊戯に「待たせた」と声を掛けた。遊戯は「そんなに待ってないよ」と笑顔で返した。
セトは話が出来る場所として食堂に移動することにした。椅子が向かい合っている場所はそこが一番近い。長方形のテーブルの端と端に座り何だか落ち着かない気分だ。
「さっそく話しだが・・・」
「うん」
「昨夜、夢を見た。遊戯と海馬瀬人らしき人物が遊戯の着ていた服を着て仲良く部屋から出て行く場面だ。それでだ、海馬という男は無愛想で大きな四角い入れ物を持っていて、高い建物の中にいる男のことか?」
これをセトは至極真面目な顔で尋ねた。遊戯はその話を聞いて戸惑いながら「う、うん」と答えた。どんな話しかと思えば夢の話だなんて。
「・・・やはり・・・」
「やっぱりって?」
「私は海馬を知らないのだぞ。他意があるとしか思えぬでは無いか」
「え?!」
(セトって夢とか信じるんだ・・・)
また新たな違いを見つけてその素直さに笑ってしまった。セトはその様子に眉を寄せる。古代エジプトの人々にとっては夢はお告げのようなものだ。アイシス亡き今、予言やお告げに関する神官が全くいないのだ。
「ふんっ、何者かがあの夢を見させたと言うことか。忌々しい!」
「夢ってそれだけだったの?海馬君とボクが出てきただけ?」
セトはその質問にうっと押し黙った。なんて正直者なんだ。
「いや、色々あった・・・」
伏せ目がちになるのを見て遊戯はそれ以上詮索することはなかった。きっと嫌な夢だったんだろう。「そうなんだー」と肯定する言葉を入れる。
「他意っていわゆるどういうもの?神様とか?」
「わからん」
こういうことに一生懸命悩んでいるセトが可笑しくて可愛かった。また何もないところで可笑しくしている遊戯に眉を寄せる。
「さっきと言い、何に笑っている?]
「だって、セトが夢について一生懸命考えてるんだもん、海馬君ならきっとわら・・・」
「私は海馬ではないっ!お前とファラオが違うようにだっ!!!」
セトの荒げた声を聞いて、遊戯はハッと口を噤んだ。遊戯はそのことがどれだけ相手を傷つけるか一番知っていたからだ。
―――――・・・遊戯・・・。
―――・・・それはどっちを呼んでいるの?
「ごめんなさい・・・ボク、最低だ・・・っ!」
遊戯は顔を手で覆い俯く。
比較され続けてきた痛みを知っていたはずなのに、理解できていなかった自分に気づかされた。
「セトは僕たちをわかっていたのに・・・」
自分の愚かさに身体が震える。
セトはそんな遊戯を見て怒りよりも戸惑った。「海馬」という言葉に過敏に反応してしまっただけで、遊戯を怖がらせる気など全く無かったからだ。
「遊戯、」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「もういい」
そう言って身を乗り出して遊戯の頭に手を置いた。遊戯は一瞬ビクッと身体を震わす。
「何をそんなに気にしているかわからないが、わかったならもういい」
そっと子供をあやす様に撫ぜると、覆っている手の指の隙間からセトを伺っている。セトはほっと安心してため息をついた。
「謝るのはこれで終わりにしろ」
「ごめんなさい」
「終わりだ」
「うん・・・あっ・・・。」
パッと手を離したセトの手を追いかけるように遊戯は声を発した。その声に反応したセトの「わからない」と書いてある顔をみて恥ずかしくなる。
「な、なんでもないよ」
(ボクのバカっ・・・!!)
いきなり真っ赤になった遊戯の顔を見てセトはさらに「わからない」の顔を向けた。実はセトが撫でてくれるのが気持ちよかったからなんて言えない遊戯は、ただただそこで別の話題を考えるしかないのだった。
コメント
タイトル考えられないので、お題形式にしてるなんて、ち、違うんだからね!(オイ