4.戦うべき敵
セトが眠りに着いたのはいつだっただろうか。目を覚ますとそこは自分の部屋ではなかった。見慣れぬ風景だ。光を反射している金属のような建物が並んでいるのが見渡せる。どうやら異世界のようだ。
(・・・なんだ、ここは)
感覚がなんだかぼんやりしている。きっと夢の中だろうとセトは思った。部屋には誰もいない。とても高そうな位置にある部屋だ。デスクと柔らかそうな椅子、棚などかなりシンプルだ。
何もないことを確認したセトは立っているだけではつまらないので、部屋を歩いてみた。見慣れぬ扉のようなものがあるのに気づいて外に出ようとする、と眩しい光に包まれた。
(今度はなんだ?)
セトが辺りを見渡すと机がずらりと並んだ場所だった。前には黒っぽい板が壁に掛けられている。
と、その時物音がしたと思ったら、遊戯が入ってきた。一人だ。
「遊戯、いたのか・・・」
そう言って近づくと遊戯は無視するように一つの机に向かって歩いていく。
「遊戯・・・?」
そして机の中から一冊のノートを取り出すと、嬉しそうに笑った。「良かったぁ」と呟くと背負っている鞄にノートをしまう。そして遊戯が帰ろうとするとまた扉の音が響いた。
『あ・・・海馬君・・・』
『貴様、何をしている?』
目の前に現れたのは自分と同じ顔の男。
「あいつが・・・」
遊戯と似たような服を着ている。
(この世界は・・・遊戯たちの世界・・・)
『うん、ノート忘れちゃってっ!今帰るところなんだけどっ・・・』
恥ずかしいのか照れるように頭をかいた。海馬のほうは別段興味がない話題だったのか自分の席に近寄る。
『海馬君はどうして?』
『プリントが溜まっていると聞いて取りに来た』
この間の会話を聞いているとあまりにも海馬という男が無愛想だということに気づく。意識して会話したことは無いが、こんなに私は無愛想だろうかとふと考えてしまう。
『そうなんだぁ、海馬君は仕事で忙しいもんね』
海馬は聞いていないのかいるのかせっせとプリントをしまっている。
『・・・・・・ふぅん。遊戯 貴様が良ければ自宅まで送って行ってやる』
鞄に綺麗にプリントをしまい終えた時だった。遊戯は驚いた顔で海馬を見ている。
『いいの!?忙しいんじゃ?』
『今後の用事が無いからきたのだ』
『じゃぁ一緒に帰ろう!』
そう言いながら二人は教室を出た。セトはそれをみてひどく落胆した。やはり海馬も遊戯のことが好きなのだろう。無愛想ではない、照れ隠しだ。そう気づいた時にはまた眩しい光の中にいた。
そして次の場所はまさ先ほどの場所だった。さっきとは違い左を向けば海馬がなにやらデスクに向かって何かをしている。そして目の前の椅子には遊戯が心地良さそうに寝そべって眠っている。まるで初日の遊戯と自分だとセトは感じた。
(慣れているというのはこう言うことか・・・)
複雑な気分だが、遊戯の寝顔に何だかほっとしたような気がした。やはり愛しいと思う。セトが遊戯に近寄ろうとした時、デスクに座っていた海馬も動いた。
『おい、寝るな』
そう言いながら遊戯に近づく。しかし口調は思ったよりとげは無い。呆れたような、困ったようなそんな優しい目で遊戯を見つめていた。
『貴様があまりにも無防備すぎるのだ。だから、俺は・・・』
遊戯の頬をそっとさらって海馬は口付けようとした。
「離せっ!!!!」
セトは叫んだ。見ていたくなかったからだ。それは激しい嫉妬から産まれた。
『離しはしない・・・』
一瞬止まり、海馬はセトに向かって笑ったような気がした。まるで勝ち誇ったかのように。
「やめろーっ・・・!!」
二人の間を引き裂いてやりたくて手をのばすとまた違う場所にいた。この夢は何なんだと怒りさえこみ上げてくる。
しかし次の瞬間セトは青ざめた。
「キサラっ!!」
駆け寄ると真っ暗の闇の中キサラが血まみれになって倒れている。何故彼女だけ見えるのかなどセトには関係なかった。
「キサラ、しっかりしろっ!」
「セト・・・様・・・」
苦しそうな声で息も絶え絶えである。胸から出血しているようであった。苦痛で歪ませた顔でセトの名前を呼ぶ。
「セト様・・・」
「しゃべるな!!!今なんとかしてやる!」
自分の着ている服の布を破って傷口からの出血をなんとか抑えようとしている。しかし血は止まることを知らない。セトは焦った。また、夢の中でさえキサラを殺してしまうのかと。助けを呼ぶことさえ今のセトには叶わないのだ。
「セト・・・さ・・・ま・・・」
抑える手が震えた。力が入らなかったのではない。
キサラが微笑んだのだ。
まるで死を受け入れるかのように。
「死ぬなっ!死ぬなっ!死ぬな!死ぬなぁーー!!!」
手を握りしめ必死に叫んだ。
セ・・・ト・・・・
握り締める力がなくなった。
「キサラァアーー!!!」
それは死を意味する。
また、場面が変わった。
見慣れた自分の部屋だ。部屋の隅に置かれた松明の炎がゆらゆらと揺らめいている。辺りは静かだ。なんの音もしない。
(何がいいたい・・・、こんなものを見せて・・・)
精神的に攻撃してくる夢。次なる出来事に構えていると、暗い部屋の入口から男が現れた。
「次は私か」
現れたのはセトだった。きちんと正装をしており、千年錐と千年錠を身に付けている。目の前の視線の様子からするとセトのことは見えているらしい。
「お前がキサラを殺したのだ」
「なに?」
自分に言われることも癪だったが、開口一番の言葉にセトはまた怒りを覚える。そして目の前の男の目も怒りに燃えていた。
「セトよ!お前は遊戯というものに現を抜かし、キサラとの愛を冒涜したっ!!」
「なっ・・・」
「キサラの胸の傷はお前の裏切りによってつけられた傷。お前の行為は罪に値する」
(あの胸の傷が私の裏切りだと・・・?)
「私は今でもキサラを想っている!!忘れたことも、無碍にしたことも無い!!」
「ならば貴様の遊戯に対する想いは何なのだ!」
「・・・・」
遊戯に対する想い。それはまさしく愛だった。
笑顔を向けられれば心安らかになり、悲しみの表情を向けられれば胸が痛み、他の者の傍にいれば怒りさえこみ上げてくる。かつてキサラに感じた想い。それを遊戯に感じることはキサラへの冒涜になるのか?キサラが悲しむのか?セトはそんなことはないと心の中で感じ取った。キサラが伝えようとしたことは誰かを愛す心なのではないか。
キサラとはもっと別の何かで繋がっているように感じた。愛情を超えた何かだ。それを今言葉で表せと言われたら言い表せぬものだった。
「遊戯に対する想い、それは愛だ!しかしそれはキサラへの冒涜ではない。キサラと共にいた時間、私は彼女にいろいろなことを教えてもらった。それは温もりや信頼、優しさ、そして愛だ!キサラが教えてくれたこの想いを過去に向けている私を見てキサラが喜ぶはずがない!キサラは私と常に共にあるのだ、私にはわかる!」
「くっ・・・」
男がその言葉に苦しそうな表情を向ける。
「遊戯は男だ、そしてお前とは違う世界の人間なのだぞ!」
男の言葉はもはやセトにはゴミのようなものだった。
「私は自分の心が感じた者を愛すだけだ」
コメント
キサラも好きなんです。セトを守ろうとしたシーンは衝撃的でした・・・。
ここは海馬君が出せて満足です。(ぇ