3.これは夢?
翌日、遊戯、マナ、アテム、ブラックマジシャン(以下マハード)は、ルクソールの王家の神殿に向かっていた。アテムと遊戯が最後に別れた場所に何かあるのかもしれないと思ったからだった。それ以外に接点は無いのだ。
「セト、悔しそうだったぜ」
「仕方ないよ、今日は罪人を裁かなければならないんだから」
馬を借りた一行は三時間ほどかけてその神殿に到着した。マハードの案内の元なので少々不安だったが、記憶どおりだったらしい。マナは朝から上機嫌だった。もう会えないと思っていた師匠に会えたのだ。今以上に幸せな日はいない。この上マナは遊戯のことを「マスター」と呼び変えていた。師匠が呼ぶなら僕も!と宣言したのだ。
『この中です』
さすがに神殿は美しさを保っていた。高い壁が対になって建ち並んでいる。遊戯たちは互いに決別の決闘をした場所まで入っていく。
「俺にとってはついこの間の出来事なんだが、遠い昔のことのようだぜ」
「ボクにとってはもう2ヶ月も前のことだよ。まさかこんなにすぐにあえるなんて」
互いにあの日のことを思い出す。あれだけ涙した自分が恥ずかしい気分になってくる遊戯であった。アテムは「コレも運命だぜ!!」なんて調子のいいことを言っている。もちろんマハードも懐かしさを覚える。ブラックマジシャンガールと共にマスターに敗れた瞬間がありありと思い出せた。一人置いてけぼりなマナは師匠に何のことだかせがむが、敢えて教えはしなかった。
「ここのどっかになんかあるんだよね?」
「多分、そうだと思うけど・・・」
辺りを見渡す。千年パズルをはめる場所には何もはめ込まれてはいない。門も動かない。書いてある文字もさっぱりで遊戯は戸惑った。
「何かヒントになりそうなこと書いてある?」
「うーん、別になにもないぜ」
「アテムの言うとおり別になにも書いてないなー」
離れたところでマハードも首を振った。どうやら本当に現段階のことについてなど全く書かれていないらしい。ここでの発見を諦めた一行は次に名も無きファラオの墓へと向かった。王家の谷はすぐ近くだ。走っている間盗賊も見かけないのでこれ幸いである。到着した後はこちらは大変だった。なにせいろいろなところにトラップが仕掛けてあるのだ。アテム本人ですらもわからない。シモンが考えたとはいえこのときばかりは呪った。
「まぁ一回来てるからましかな?何だか懐かしいね」
そんな強気な発言ができるのは遊戯くらいだ。ディアディアンクをつけているマナは自分のカーを呼び出して対応している。ブラックマジシャンガールに酷似しているが、やはり雰囲気がどこか違うとマハードは思った。
『外壁にはそれらしいことは書かれていないようです』
今まで見てきた廊下や、石版類にも何も書かれていない。
「この奥はもう一人のボクの名前が書かれてあるだけだった・・・」
マハードの言葉を聞いて落胆の色を隠せない遊戯。いい加減自分達がこの世界に連れてこられた意味くらい教えてほしい。平和そのもののこのエジプトに一体何の用事があるのかと。
「相棒・・・」
「とりあえずここから出よう・・・マスター」
マナが恐る恐るそういうと遊戯はそうすることにした。ここに立ち止まっていても何もない。アテムも今回のことが実は深刻な問題なのかもしれないと思い直し始めていた。
遊戯たちが墓の外へ出た時にはすでに日は傾き始めていた。神殿や墓の中の文字を見ていたためかなり時間がたったようだ。馬に乗って帰り始めた時、遊戯達が何も今まで何も食べていないことに気づいた。
「そういえば、みんなお昼何も食べてないんだ」
「そうだぜ〜相棒〜」
お腹の辺りを押さえてみるアテム。マナもへなへなと疲れきった様子で馬に乗っている。
『しゃきっとしないと落ちるぞ』
「そんなこといわれなくてもわかってますぅお師匠様〜」
何か持っていけばよかったと全員後悔したが、今は帰った後の夕食を想像することのほうが救いだった。何もない砂だけの景色は夜になりきれば凍えるような寒さに変わる。それも含めてか皆馬を急がせた。
そして王宮に着いた皆が聞いた第一声はセトのお叱りの言葉だった。
「お前達!!今まで何をしていたぁあーーー!!!」
その声は王宮中に広がり皆の知るところとなる。セトは玉座の前で怒りの形相だ。もはやアテムに対する礼儀などこれっぽっちもなかった。
『セト!ファラオに対してその言葉、無礼者!!』
一番に前に出て講義をしたのはマハードだった。セトは誰だと言わんばかりに目を細め眉を寄せた。
「・・・マハード、貴様までいるのか。ふん、無礼といえば現ファラオの私に対してそのような口を聞く貴様も随分と無礼だと思うが?」
『くっ、お前など・・・』
今にもセトがディアディアンクを付けてマハードと決闘しそうな雰囲気である。遊戯はセトとマハードがこんなにも仲が悪いとは全く知らなかった。
「仲悪いんだね?」
「あぁ、ブラックマジシャンと融合した時、セトが罵っていたからな・・・」
「そうなんだぁ・・・」
蚊帳の外の二人。マナはとりあえず師匠側について威嚇している。面白い光景だなぁとのんびり見ていると、微笑ましかったのか、疲れていたからか、遊戯のおなかが皆に聞こえるくらいに鳴った。
「あ、ご、ごめんなさい・・・」
顔を真っ赤にして俯く遊戯。もちろん両者ともその音でピタッと動きを止め遊戯のほうを見た。その愛らしい表情にセトもつい冷静になってみる。
「こんなことより、食事だ。準備は整っている」
言い合いを打ち切るように後ろを向いて皆を案内した。
部屋の真ん中に鎮座するように置かれたテーブルには、人数分の料理が運ばれていた。上座にも料理が運ばれているのを見ると、セトは食べないで待っていた様だ。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって・・・」
「仕事が長引いただけだ」
そんなことを言ってくるセトの気遣いも遊戯は感じ取っていた。その気遣いがとても嬉しい。
食事中はあまり会話に入ってこないセトだったが、実際はかなり気になっていた。帰る手がかりが無かったことを聞いた時、不覚にも安堵してしまったくらいだ。
(遊戯はそれを望んでいないと言うのに・・・)
食事が終わって各自部屋に戻ったり好きなことをしている中、セトは頭を冷やそうと玉座向かいのテラスにいた。一人になりたかったこともある。
(・・・最近の私はどうかしているな)
そう思ったが、心の隅でもう認めてもいいのではないかとしきりにもう一人の自分が訴えかけてきているのも気がついていた。その訴えに抵抗しようという心が最初はあったが、もう次第に薄れてきている。
(遊戯か・・・皮肉だな)
悩んでいる自分に自嘲の笑いさえ込み上げて来る。あれだけキサラを想っていたというのに、遊戯という人物に怒り、悩み、そして幸せを感じている。アテムと遊戯の違いに戸惑ったのも最初だけだった。
「あれ?セト?」
後ろから声を掛けられた。この声の主くらいもうわかってしまう。
「遊戯か、どうした?部屋に戻ったのでは・・・」
ゆっくりと振り返ると、目を輝かせている遊戯が見えた。
「今日はね、満月だからとっても綺麗だろうなぁって」
すぐ傍まで来て空を見上げている。そう言われて見れば美しい月が空を照らしている。
「どうしてここへ?」
「マハードさんに昨日教えてもらったんだ!ここから見る景色はとても素敵だね」
マハードに案内されていたことは気に食わないセトだったが、今このときを考えると悪くない結果だったと苦笑する。遊戯はこの街の神秘さに心を奪われているようだ。
(ならばいっそこの王宮にいればよいのだ・・・)
醜い感情が浮かんでは消える。
「そういえば、セトが頭の冠とっているのを見るのは初めてだなぁ。そうすると本当に海馬君そっくり、僕驚いちゃったよ」
カイバセト。彼は遊戯の心を手に入れようとしたんだろうか。それともすでに手に入れているのだろうか。
セトがじっと見つめてくるのに気づいた遊戯は、少し照れた顔で目を見開いた。
「な、何かボクの顔についてるっ・・・?」
「遊戯、好きだ」
あまりにも唐突な告白に、遊戯の思考は追いつかなかった。
「え?今なんて・・・?」
「好きだと言ったのだ」
「え、えぇええええええ!!!!」
内容を理解した遊戯は告白したセトよりも真っ赤になって驚いた。そんな固まった遊戯を見てセトは目を細めると空を見上げた。
「気が狂ったらしい。お前に心奪われるとはな・・・」
その時の横顔が何を思っていたのかわからなかったが、遊戯は素直に綺麗だと思った。そんな他人事のようなことを考えてる自分にふるふると頭を振って考え直す。
「ボクは、」
「分かっている。ただ醜い感情がお前を襲う前に言っただけだ・・・」
「ボクっ・・・」
遊戯が何か言おうとするのを遮るようにセトは後ろを向いて去っていった。遊戯がその時どんな顔をしていたかなど全く分からなかったセトだが、伝えたことで何かすっきりしたような気がしていた。一方告白された遊戯は心臓の音が止まらないことと、セトの言い逃げに対して複雑な心境だった。
「・・・そんなのずるいよ・・・」
コメント
セト→恋愛に疎いようで疎くない。あまりヘタレない。素直。
海馬→恋愛に疎い。ヘタレ。ツンデレw
という作者のイメージです(笑