2.初めて見る景色
街に出たアテムは、復興作業の早さに驚いていた。ほぼ壊滅に近い町並みが今ではここに来た最初の頃のように家や店が建ち並んでいる。復興作業なんてほかにすることがあるのかと疑ってしまうくらいだ。マナ曰く闘技場を建設しているらしい。
「闘技場なんてあったのか?俺は初めて聞いたぜ」
「新しく造るんだって。前のように襲われた時に対処できるように、国民からもカーを扱えるものが居れば訓練するらしいよ」
セトらしい考え方だと思いつつも、どうやってそれらをまとめていくのかと少し不安も感じる。
「相棒も来ていればな・・・」
「え?」
「こっちの話だ」
夢の中だろうとくらいしかアテムは思っていなかった。なので何かの拍子でこっちに来てすぐに戻れるのだと信じているのだ。
「・・・セトはどうしているんだ?」
「ファラオはここ一年、周りの反対を押し切って街に出て家を建てたり、他国との親睦を深めたり、軍の強化をしたり忙しいみたい。最近は滅多に表には出てこないけど・・・」
「そうか」
「最近はバクラみたいなのはいないから平和そのもの!」
街中を歩きながらうーんと伸びをする。周りを見渡すと子供達が石を蹴って遊んでいたり、なにやら砂の上で絵を書いている。ふと違和感を持ったことは大人の何名かがディアディアンクを付けていることだ。
「そういえばえーっと、ファラオ?アテム?・・・はどうしてここに?」
「アテムでいい。それが俺にもわからないんだ。何故ここ来たのか」
(門から漏れた光に向かって歩いていたんだ、意識がなくなったのはその後・・・)
まだ成すべきことがあるのか、それとも行き着く場所がここだったのかアテムには分からない明日だったが、なるようになると今を楽しむことに決めた。
「おい、起きろ!」
「うぅ・・・ん、海馬・・くん・・・」
一時間ほどして職務を終えた頃にはあたりは少し暗くなっていた。エジプトの夜は寒い。部屋の片隅で寝ている遊戯にセトは呼びかけてみたが、気持ちよく寝ているようだ。
(想い人の夢でも見ているのか・・・?)
カイバ・・・と呼んだ人物が誰であるかなど知る由も無かったが、セトはさっきとは違うむかむかした気持ちがこみ上げてくるのがわかった。
(ふん、面白くない・・・)
とりあえず遊戯を抱えると寝室のほうへと運んだ。あのまま寝かせていればいずれ風邪を引いてしまうだろう。シルクで包まれているベッドに寝かせるとセトは女官に子供の服を用意させるよう命じた。次に夕食を部屋に持ってくるように指示をすると次第に不審がられていることに気づいた。
「断じて女などではない!」
などと誤解を解く意味で叫んでみたが、逆にもっと不審がられたのはいうまでもない。一歩も部屋から出ていないこの数日、今日に限って子供の服やら、食事は部屋でなど言われれば誰もがそう思うだろう。
服が届いた頃、遊戯はゆっくりと目を覚ました。目の前に見えるのはさっきとは違う場所。辺りを見るとさらさらとした布に覆われている。
「ベッド?」
「ようやく起きたか。ちょうどいい」
「セ・・・ファラオ、どうして?」
少し混乱している遊戯をみて苦笑する。
「あんなところで寝ていたからな。運んでやった、感謝しろ。これを着ろ」
「え、ありがとう」
渡された服をみて遊戯は納得した。この格好のままじゃまずいからだろう。
「用意してもらって、ごめんなさい」
「構わん、早く着ろ」
遊戯はベッドからでると服を脱ぎ始めた。ベルトを外してズボンを下ろす段階になって遊戯の手がふと止まる。
「あの・・・」
「なんだ?」
「ボク着替えてるんですけど・・・」
「分かっている。早くしろ」
「うぅ・・・」
どうやらセトにはそういった遊戯の思考が読めないらしい。仁王立ちのまま遊戯を見つめているセトに遊戯は仕方なく死角になる場所まで移動した。セトはそれを見てようやく気づいたのか、わかりやすいぐらい視線を違う方向へ向ける。
(気づくの遅いよ・・・)
ため息を一つ零し、渡された服に着替えた。セトもそれに気づいたのか視線を戻す。
「なんか、すぅすぅする・・・」
ズボンが無いためか風が通りやすい。遊戯は違和感を覚えながらもトランクスをはけるだけましかなと思ったりした。少し肌寒いのは否めないが、遊戯の着ている服は袖の長さもぴったりだった。
「それはファラオの幼少の服だ。似合っているぞ」
「なっ!」
セトは褒め言葉のつもりで遊戯にそう言ったが、それは逆効果に終わった。
「どうせ、ボクは背が低いよ!」
「あ、・・・ふん」
気まずさのためつい黙ってしまったセトをみて遊戯は笑った。
「そんなに気にしなくていいよ」
「・・・ならば怒るな」
そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。適当にテーブルに皿が置かれていく。どんだけ食べるのかといった量だが、セト曰く当たり前らしい。遊戯がもったいないと呟くと、なにやら考えているようだった。
「そういえば、ここはもうひとりのボクがいなくなって一年経つんだよね?」
「あぁ」
「今のファラオはセ・・・貴方だけど、もう婚約者とかいるの?」
遊戯の質問にセトは厳しい顔つきをした。
「ここ一年復興のことを考えてきた。ファラオたる私が女と戯れているなど」
「でも世継ぎは必要でしょ?」
それは確かにそうだ。次の子孫に継がせなければこの国は滅んでしまうかもしれない。今改めて考えてみると、自分にふさわしい女がいなかっただけのような気がしてきた。
「私にふさわしい女性が見つかれば、してやらんこともない」
実際そんな女はいないと思っている。キサラ以上の女など。
「あはは、セトらしいね!・・・あ!」
「もうセトで構わん」
「ごめん、ありがとう」
また遊戯の笑顔に胸の辺りが違和感を覚える。
(またか・・・)
しかしその感情が嫌なものではないことを感じ取っていた。
「街はあれから綺麗になったのかなー・・・」
「当たり前だ。見事な王都に仕上がっている。明日辺り見にいくか?」
「忙しくないの?」
「街の様子を見て回るのも私の仕事だ」
そう言ったものの、実はかなり忙しかった。しかし、遊戯が自分の知らぬところで何かをやっていることが気に食わないセトはそう申し出た。遊戯は嬉しそうにお礼を述べると、またセトの心が違和感を覚えるのだった。
町を見回って、夕食を食べ終わったアテムとマナは廊下の女官が何やら慌しくしているのを感じていた。夜になれば街に出ていた衛兵も帰ってくるためだと思われたがそうではないらしい。
「ちょっとみてくるね!」
そう言って、マナが女官のほうへ向かっていくと気づいた女官が話を広げるようにしてマナを招いた。
「何が聞きたいのか俺にはわからないぜ」
何もすることがないアテムは椅子に腰をかけていた。カードでもあれば・・・と思ってみるが無駄なことだ。
すぐに部屋に戻ってきたマナは驚いた顔でアテムの元に走り寄ってきた。
「ビッグニュースだよ!」
「どうした?」
「あのファラオが何やら子供の世話をしているんだって!子供の服と二人分の食事を運ばせたらしい」
子供か・・・と関心なさげに呟くと、アテムはふと考えた。
「このところ一歩も部屋から出てないのに・・・」
「おい!今すぐセトのところに連れて行ってくれ!」
「え?!」
さっきまでとは違う勢いで叫ぶアテムに、マナは困惑する。
「もう遅いし、多分入れてもらえないよ〜。僕も滅多に入らないし。でもどうしたの?」
アテムは考えるように腕を組むとマナに応えた。
「その子供、俺の知り合いかもしれないぜ」
「本当?!じゃあ明日尋ねてみよう!」
次の日、アテムとマナはセトの元へと尋ねに行ったが、出かけていると言われてしまった。女官によると子供を連れて街に行ったようだ。
「行き違いになったみたい。街に行ってみよう」
「あぁ!」
さっそく街に出向いて街の人に聞いて回った。さすがにファラオなだけあり、所在などすぐに判明した。護衛を二人に子供もいればすぐにわかる。
「やっぱ建設中の闘技場が気になるんだね」
「むしろその子供に見せたかったんじゃないのか」
「どうして?」
「なんとなくだぜ」
闘技場まで駆けていくと、やはり護衛が外で待っていた。中に入れてもらえないため、一緒に外で待つことにする。不審な目で見られているのはわかっていたが、今はそんなことを考えている時ではなかった。
(相棒・・・)
マナと共に立っている場所は、あまりにも暑かった。
「どうだ!!皆がここで自分のカーの力を強めるのだ!!」
セトは仕事のことも忘れて気分上々だった。遊戯はホントにあの人に似ているなんて思いながらその姿をみて笑っている。ファラオが視察に来たことを知った現場の人々も一層気合が入っていた。
「何年くらいかかるのかな?」
「あと一年はかかるだろう。しかし皆はよく頑張ってくれている。もう外壁は出来上がりそうだ」
セトは満足げにそういうと遊戯も笑った。なんだかセトには悪いけど海馬と共にいるような気がするからだ。満足して帰ろうとして出口のほうをみると、遊戯は「あ!」と声を上げた。
「マナ!マナがいるよ!」
勢いよく走っていく遊戯をみてセトは一抹の不安を覚えた。なんだか嫌な予感がする。
「マナー!マナー!」
自分の名前が呼ばれていることに気づいてマナは振り返った。そこには隣にいるアテムと同じような感じの男の子が走ってくる。
「え!?ええー!?」
「相棒!!」
マナの横をすり抜けてアテムは走っていった。マナはわけが分からずそのまま立ち止まっている。
「その声はも、もう一人のボク・・・アテム!?」
「相棒!!会いたかったぁ!!」
力いっぱい抱きしめられて慌てる遊戯。もちろんそれを見て面白くない人物が、目を吊り上げながら見ていた。しかし、相手が先代ファラオだということももう分かっているため、怒りようにも大声を上げることはできない。
「ファラオ、どうしてここに・・・」
「セト!お前相棒に何もして無いだろうな!」
最初の言葉がそれか、とセトは一つ血管を増やすとため息をついた。
「貴方ではないので何もしていません。そろそろ遊戯を離してはどうです」
口調はいたって強気だ。アテムはそれに気にすることなく、言われたとおりに遊戯から離れた。それを見ていたマナと護衛は意味が分からないままその様子を見ているだけであった。
「ええーっと、それじゃあこの遊戯君はアテムと未来から来たってこと?」
「正確には別々だぜ」
セトの部屋にぞろぞろと集まったメンバー。セトは職務もあるので少し離れた所でその話を聞いていた。
「ボクは海馬君の家に行った帰りだったんだ」
カイバ・・・またその名前が出てきたことにセトは一瞬ペンが止まる。それでもパピルスに書かれた文字はうつくしい。
「相棒!海馬の家で何をされたんだ!?」
「モクバ君とゲームのテストしてたよ」
そう言われてほっとするアテム。その言動一つ一つがセトには気になって仕方ない。ファラオが危機を感じるカイバという者は一体なんなのかと。
「そしたらセトのところに落ちちゃって・・・」
「じゃあその頃アテムも僕のところに落ちてきたんだ!」
やっと話が飲み込めてきたマナは嬉しそうにそう言った。
「そうみたいだね。でも久しぶりだね、もう一人のボク」
「ああ、また会えるとは思わなかったぜ」
そういうとまたひしっと抱きつく。セトはどうしてもその行為が気に入らなかったが、遊戯は気にしてないところをみるとなにやらいつものことなのだろうと考えた。それにしてもファラオの遊戯への態度はあからさまに周りのものと違う。
「ファラオよ、どうして今まで私に言ってくださらなかった」
「いや、俺が生きているって知ったら混乱すると思ったからな」
ならそのまま現れなければ良かったのだと心のどこかで思いながら、ファラオに忠誠を誓った自分とは思えない考えだった。
「でも相棒がいるって思ったらそうも言ってられなくなったんだ」
武藤遊戯。
セトはアテムが動いたことや、自分の考えの変化が彼にあることに気づかざる終えなかった。実際そうでなければ抱きついているアテムに怒りをあらわにすることなどない。
「先ほど話していたカイバという人物は誰だ?」
遊戯に向かって聞いたのだが、答えたのはアテムだった。
「海馬瀬人だぜ、ブルーアイズホワイトドラゴンの持ち主で・・・」
「セト・・・?私と似た名前・・・それに白竜?」
「未来のセトだぜ。多分」
「なに?!」
信じられないっと声をあげた。まさか遊戯の想い人が未来の自分だと。
「海馬君は信じてないけどね」
その名を呼ぶたびにまた笑顔になる。セトは今度は複雑な気分になった。未来の自分が遊戯に想われている・・・しかし、自分は・・・。
そう思いかけたところで、セトはハッと我に帰った。
(また意味の分からぬことを・・・)
実際、意味など気づいていたが認めたくなかった。男であり、未来から来た者を好いている自分など惨めなだけだからだ。
そんな話をしているとすぐに夜はやってきた。今日は風も落ち着いていて、満月に近い月が大きく辺りを照らしている。
アテムと遊戯の部屋を別々に用意すると(アテムは一つでいいと言ったが、ファラオにそんなことは出来ないと言い切ってなくなった)その夜は皆ばらばらに部屋に行った。セトはまだしなければならない仕事が残っているのでそのままペンを動かし続けた。
(あの二人はいついなくなるのだろうか。また何か闇の気配がするというのか・・・?)
不安を感じずにはいられないセトは思考をめぐらせていた。一方遊戯は広い部屋にぽつんと残された今の状況が何だか落ち着かなかった。
(はぁ・・・皆寝たかな?)
ふとベッド脇に置いてある学ランに手を伸ばす。ポケットを探ってみると、海馬に渡された携帯電話が入っていた。
圏外
「そうだよね・・・」
使えない携帯をポケットに戻そうとして、遊戯はカードが一枚入っていることに気がついた。
(あれ?何のカードだろう?)
手に取ってみると、それはブラックマジシャンだった。
「もう一人のボクの・・・デュエルディスクがあれば実体化するんだけどな・・・」
実態しないかなーなんて不用意に想っていると、カードが一瞬光った。
「ん?」
カードをじっと見つめていると、遊戯の頭のほうからなにやら呼ばれているのに気づいた。
『マスター・・・』
思い切り顔をあげると、そこには実体化したブラックマジシャンが立っていた。
「どうして?!」
『わかりません、呼ばれたので・・・』
呼ばれた先を見渡すブラックマジシャン。何処と無く見たことある風景。何処となく見たことのある遊戯の衣装。
『マスター・・・、ここはもしかしてエジプトでは・・・?』
「そうだよ。しかも古代のね」
『ではっ!ファラオも?!』
あまり顔に感情を露にしないブラックマジシャンの驚く表情に遊戯は驚いた。それにそんな古代エジプトに絡んでくるとは思わなかったのだ。
「どうしたの?」
『いえ、私は実は・・・マハードという古代エジプトの千年輪を所持していた男の魂を持っているのです。彼は死の直前自分のカー、つまり私と融合したので半分マハードであり、カーである私でもあるのです。マナという弟子がいたのですが・・・』
「マナにはさっき会ったよ!もう一人のボクもいるし、セトもいる」
最後の言葉はあまり聞きたくなかったが、マナもファラオも元気そうにしていることが分かり少し安心した。
『しかし、何故このような場所に・・・』
「分からないんだ。元に戻る方法もね」
不安げな表情を見せる遊戯をみて、ブラックマジシャンは心配そうに見つめた。自分が何かしてあげられれば・・・と考えてみるが、精霊の身ではできることも限られる。
少しばかり話をしていた遊戯は、なんだか目が冴えてしまった。
「そうだ、少し散歩しない?王宮の中なら怒られないと思うし」
遊戯の提案を断るわけの無いブラックマジシャンは少しばかり首を上下に振った。さっそくーと言って毛布から出た遊戯は外の寒さに少し震えた。
『上着を着てください』
そう言って学ランに視線を移す。どうやらこれを羽織れと言うことらしい。遊戯は言われたとおりにする。
「寒くないの?」
『私は感じません』
納得した遊戯は一緒に部屋を出た。月明かりが王宮全体を照らしている。長い廊下を過ぎて玉座の間まで来ると、ブラックマジシャンはある場所を指差した。
「あそこにいくの?」
玉座とは真反対の場所にある出口。一体何があるのかと思って近づく遊戯はどこか楽しそうだった。
「あ!わぁぁ〜〜!!!」
出口に近づくに連れて一体ブラックマジシャンが何を見せたかったのか気づいた。そこは民衆や王都を見渡せる特等席。日本とは違う大きな月灯りの元で見る街は何だか神秘的だった。
「綺麗だね〜!とても綺麗ー・・・」
遊戯の輝いた瞳をみてブラックマジシャンはとても満足そうだった。マスターの喜びは自分の喜びでもある。
(海馬君にも見せたかったな〜・・・)
そんなことを考えているとは思いもよらず、ブラックマジシャンは次の場所へ案内した。そこは噴水が吹き上げている中庭なのだが、そこに綺麗に月が浮かんでいる。まるで星達が手で触れられるかのような錯覚を起こす。
「冷たいっ・・・」
そう言って触れようとした遊戯を見て、ブラックマジシャンは少し笑ったような気がした。それから色々なところへ案内してもらって部屋に戻っていった。遊戯を案内している間、ブラックマジシャンも変わっていない王宮の中が見れて懐かしい気持ちが沸き起こるのを感じていた。
「今日はありがとう。ブラックマジシャン、マハードさん」
『お気遣い無く。私も楽しみましたゆえ』
「うん!なんだか不安な気持ちがなくなったからゆっくり眠れそう」
『お休みください、マスター』
「おやすみなさい」
安らかな寝息が聞こえる頃、ブラックマジシャンもまた姿を消した。
コメント
第一話を少々訂正しました。スミマセン。